第28話 真水竜決戦・転。─反撃開始。嵐の戦場と、最高最強の剣。

 【俺の家】の二階。


 裏手側のバルコニーから跳び、時限付与された白の魔法陣で足下に障壁を展開。


 トンッと水面に降り立つ。


 障壁を足場に、しっかりと結った金のポニーテールを揺らし、遺構プールの外周へと沿うようにまずはゆっくりと歩を進めながら。


 まるで、激しく荒れ狂う嵐のようだと、B級冒険者のあたし、プリアデ・ペディントンは思った。


 ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!


 バシャシャシャシャシャシャシャシャ!


 ヒキールの巧みに操る【家】と、真水竜。


 いまなお激しく巨大な水の弾と水柱で撃ち合い、打ち合う。

 人間を遥かに超えた二体のバケモノ同士の戦いをこの目と耳にして。


 ーー焦っては、ならない。


 時限付与された黒の魔法陣を背に、あたしは慎重に外周を駆けだす。


 ヒキールの【家】自身の機能としても使われるこの隠蔽の魔法は、高度だ。


 いまから数日前のあの夜。


 目と鼻の先にあった都市テファスの住民が、ヒキールに解除されるまで誰一人気づかないほどに。


 ーーでも、完璧ではない。


 可能な限り、速く、外周を急ぐ。


 最も戦闘の余波を受けにくく、【家】と戦う真水竜に気づかれにくい外周を。


 ドォォンッ! ドォォンッ!


 突如、爆発音がして、走りながらあたしは横目に見る。


 【家】が撃ち出す弾がさっきまでの水から火に変わっていた。


 この作戦を立てるときにヒキールが言っていた、余裕がなくなってきた証拠だ。


「急がないと……!」


 派手な火の魔法と迎え撃つ蒸発する水柱の爆発音を隠れ蓑に。

 あたしは水面を障壁でダンッ! と全力で蹴り外周を急いだ。



 ーーなんとかたどり着き、あたしは息を吐く。


「「我ハ、守護者ナリ! コノ地ヲ侵スモノ、総テ! コノ我ガ排除スル!」」


 バシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!


 真水竜が何度めかの定型句を吐き、夥しい数の逆巻く水柱を生み出し、鞭と化す。


 ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!


 【家】が撃ち出した無数の火の弾とぶつかり合い、爆ぜた。


 さらに残った十数本の水の鞭が襲いかかり、【家】を覆う障壁を、軋ませる。


 まるで天変地異のような、まさにバケモノ同士の恐ろしい攻防。


 あの中に生身の人間あたしがいれば、間違いなくひとたまりもないだろう。


 ──だから、あたしはあたしにできることをするだけだ。


 外周沿いの最奥。


 真水竜の真後ろ。すぐ近く。


 あたしは、剣を引き抜き、魔力を高める。隠しきれず反比例するように、隠蔽の魔法陣が急速に薄れていく。


「魔力燃焼、昇華……!」


 あの夜。マスター・ゴルドガルドと対峙したときに予期せず習得した、未熟を補うための全身全霊全力全開。

 限界を超えてあたしの体中の、奥底に眠る魔力ほとんどすべてを燃やし、この一太刀に。


 ──もちろん、こんな魔力の使い方は普通まともではない。


 心から信頼し、動けなくなってもあとを託せる大切な仲間がいるからこそできる、自分で言うのもなんだけど、相当な無茶。


 ──狙いは、ただ一点。


「さあ、いくわよ! もう一度受けてみなさい! いまできるあたしの、最高最強の剣!」


 障壁を足場に、高く高く跳ぶ。


 大上段。構え、魔力が最高に、隠蔽の魔法が完全に消えるその瞬間、


「〈斬! 天!〉」


 ──全身全霊で、振り下ろす。


『まさか……わずかとはいえ、斬られるとは、な』


 瞬間よぎった、確かに格上があたしを認めた、誇りとともに胸に刻まれたその言葉。


 そしてあの夜、元A級冒険者マスター・ゴルドガルドの〈黄金剛腕〉を斬り裂いたあたしの最高最強の一撃は、


「ギィィギャシャアァァァァァァァァァッッ!?」


 いままた、水竜の背を深く大きく、長く長く斬り裂いた。


 ーーごっそりと体中から魔力を失い、力が抜け、落ちていく。


 その最中、あたしは空中で笑みをつくった。


「……ふふ、なによ。とんでもないバケモノのくせに、やせ我慢しちゃって。

 ずいぶんとでっかいカサブタね。やっぱり、さっきのあたしの最高の一太刀の斬り傷、塞がりきってなかったんじゃない」


 湖での最初の戦闘と、いま。


 寸分違わず二度同じ箇所を斬り裂き古傷ごと再び開かれ、血飛沫と断末魔に似た悲鳴さえ上げる真水竜に向かって。


 ──あとを託す【家】の仲間かぞくのために、いまのあたしがやるべきことをやりきった、会心の笑みを。

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