第26話 真決戦前のティータイムと、遺構の守護者。

「ん〜〜! シルキアの作るお菓子は、本当にいつ食べても最高ね〜!」


【俺の家】の2階リビング。


 供されたケーキの最後のひと口をフォークで運んだプリアデが、頬に手を添え、表情をにんまりと緩ませる。


「ふふ、お褒めいただき、ありがとうございます。プリアデさま。こちらと、それからこちらもどうぞ」


「ふふ、ありがとう。シルキア」


 続いて、コトリとテーブルの上に用意されたニつの飲み物。


 プリアデは、まずゆっくりとケーキの余韻と香りを楽しむようにコーヒーを飲み。


 ーーそれから、魔力回復ポーションをグイと一気に飲み干すと、ガタッと立ち上がった。


「ごちそうさま。とっても美味しかったわ。さて。じゃあ、いよいよね。ヒキール」


「おう! いよいよだな! プリアデ! シルキア!」


 そして、同じくケーキを食べ終えた俺とプリアデとシルキアは、窓の外。


 視界の先。もうすぐそこまで迫ってきたアレク湖の中心、浮島を三人並んで見据えた。


 【俺の家】はいま減速、ものすごくゆっくりとしたペースで進んでいた。


 ーーあの真下からの水竜の強襲から逃れた目の醒めるような大跳躍ジャンプ


 さすがに無理をさせすぎたのか。【家】を支える8本の魔法金属脚の調子が少し悪くなっているせいだ。


 いずれは空気中や湖から取り込んだ魔力で自動修復されると思うが。

 さすがにここで無理なんかして、ブクブクと【家】ごとアレク湖の湖底に沈むことになったら、マジで洒落にならない。


 なので、こうして"いまは無理せずゆっくりいこうぜ"ペースで進んでいるというわけだ。


 で。どうせゆっくり行くんならせっかくだし、と再決戦への作戦会議も交えつつ、シルキアお手製の美味しい甘いケーキでまったりとティータイム。


 新たな作戦の準備も終え、俺たち三人はたっぷりと英気を養い、体力も魔力も回復させ。

 いよいよ浮島の古代魔導文明の遺構、逃げ出した水竜がいるであろう再決戦の地へと赴かんとしているわけだ。


 もしかしたら、はたから見たら。


『オイオイまだ冒険の最中にケーキ食って珈琲飲んでまったりして、とか何やってるんだこいつら、真面目にやれよ!』


 ーーと思われるかもしれないが。


 これが【俺の家】の冒険だ。


 どんなときでも楽しく、快適に。和気藹々と家族(仲間)みんなで。


 ーーだって、そうじゃなきゃ【家】じゃないだろ?


 手にしたコーヒーのカップをクイと傾ける。


 ーーうん。淹れたての熱々で、すっげえ美味い。


 俺は、ほぅ、と笑みとともにまったりと息を吐いた。


「ところでヒキール。どうするの? 浮島にあるっていう古代魔導文明の遺構の入口からだと、どう考えてもこの【家】の大きさじゃ通らないけど……」


「ああ。へへっ、でも大丈夫だ。ちゃんとそういうときに備えてバッチリ対策を考えてーーん? なあ、プリアデ。

 あの浮島の北側にたくさん立ってるデカい柱って、なんだ? 配置からすると、どうも円形に囲まれてるみたいだけど」


「ああ。あれが最終的にあたしたちが目指す場所よ」


 プリアデが言うには、あの巨大な柱に囲まれた場所は、言ってみれば巨大なプールになっているらしい。

 数十年に一度、水位が減ったときに冒険者たちと水竜が戦うのがあの場所というわけだ。

 いわば、あれこそが浮島にある古代魔導文明の遺構の本体。


 そして、あることに気づいた俺は、ポンと手を叩き、にんまりと笑う。


 ーー天井が、ない。


「なあ、プリアデ。要はさ、あそこにたどり着きさえすれば、いいわけだよな?」


「ええ。そうだけど……って、ヒキール、あなた、まさか!?」


「へへっ! よっし! 問題解決! プリアデ、シルキア! 気合い入れろよ!

 いっちょ全力全開! 【俺の家】と仲間(かぞく)みんな、全力仕様フルスペックで決戦といこうぜ!」



 ドババババババッッシャァァァンンンッッ!!


 盛大な水飛沫を上げ、中へと伝わる衝撃は障壁で最小限に抑えつつ、【俺の家】が着水ーーいや、着する。


 さっき外から見たときに予想したとおり、水深は浅い。


 魔法金属脚を目いっぱい高く伸ばして、水面よりも【家】の位置をかなり高く保つ。


 これでいい。


 これで余計な魔力配分リソースをとられずに全力で再戦ーー真の決戦に挑める。


 上空から、文字どおり飛び込んだ直径三百メートルはあるだろう巨大なプール上の遺構の最奥。


 俺の二重〈天雷〉で、表面を焼け焦がした水竜が超巨大な水の玉に包まれ、空中に浮かんでいた。


「ううぅ……! 二度目とはいえ、やっぱり慣れそうにないわ……! こんな巨大な【家】がこんな大跳躍ジャンプするなんてぇ……!」


 ひしとシルキアに抱きしめられて、ブルブルと震えていたプリアデ。

 すうと一つ息を吐くと立ち上がった。


「……やっぱりいたわね、水竜。

 あの火傷、間違いなくあたしたちと戦ったのと同じ個体だわ。

 でも、あの包んでる巨大な水の玉、なんなのかしら? どうも水面から水を吸い上げてるみたいだけど」


 すでにプリアデに、動揺は欠片もない。


 真の決戦に挑む戦闘者としての青い瞳が注意深く水竜を見つめている。


「お二人とも、お気をつけを。加速、しています」


 固い声で、シルキアが言った。


 再び視線を向け、俺は目を見張る。


 ーー急速に。文字どおり辺りを涸らさんばかりの勢いで空中に浮かぶ玉が水面から水を吸い上げていた。


 辺りの水位が急速に、一気に下がる。


 プール上の遺構はアレク湖と繋がっているらしく、次から次へと水は供給されるが、それでもだ。


 急速に、巨大に膨れ上がる水の玉。


 ーーぞくり。


 ガシャシャシャ!


「っ!? 前面魔導砲塔、展開! 全斉射!」


 我に返り、背を奔る強烈な悪寒に突き動かされるまま、俺が慌てて放った数十の水の弾は、


 バシャシャシャ!


「……え?」


 ーーまるで意志を持ったように、下から立ち昇る数十もの太い水の柱に、防がれる。


 極限まで肥大した水の玉が、爆ぜる。


 そして、水飛沫の大雨が遺構に降り注ぐ中。


 青く硬い鱗で覆われた水蛇に似た全長二十メートルの巨大な体。


 負わされた火傷も深傷も、その痕すら欠片もなく。


 ーーさっきまでと、そこだけ違う。


 両の目の真ん中。


 額に、第三の目のように青く輝く魔石ーー魔力の結晶を埋め込ませた"それ"は、ゆっくりと巨大な赤い眼を、開いた。


「「我ハ、守護者ナリ! コノ地ヲ侵スモノ、総テーーコノ我ガ排除スル!」」


 その『声』に湖の空気が、俺の体が、震える。


「へ、へへっ……! どうやら、さっきまでとは、わけが違うらしいな……! さあ、気合い入れろよ! プリアデ! シルキア! 間違いなく、ここが正念場だ!」


「ええ! ヒキール! 今度こそ、あたしたちが!」


「はい! 勝ちましょう! 私たち仲間(かぞく)で!」


 真の決戦の幕が、開く。


 俺とプリアデとシルキアと、【俺の家】。


 そして、よりその力を増しーー進化した真なる水竜との。

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