第25話 湖上決戦2。反撃の水竜と、窮地を脱する機転。

「右前方49メートル! 左下方8メートル! 登録生体魔力感知! 強制帰還転移、発動っ!」


 空中に二つの魔法陣が左右に展開した、刹那。


 消えかかりかけた障壁を巧みに跳び移り、ギリギリで射程内におさめたシルキアを。


 金属脚の足元で荒く息を吐き膝をつくプリアデとともに、俺は【家】の中へと強制転移させる。


「シルキア! プリアデ! 無事かっ!?」


「はい……! ギリギリでしたが、ヒキールさまの、おかげで」


「あたしは、大丈夫……! 限界超えて全力振り絞って、ちょっと疲れた、だけよ……!」


 直後。


「ギギギガガガジャアアアァァァァァァァァァッッ!?」


 無事俺のそばに戻ってきた二人に、安堵の息を吐く暇もなく。


 シルキアの刺した短剣の刻印マーカー目がけ、大量の水に狙いを散らされることなく。


 天地を一直線に貫く二条の雷が轟音とともに辺りを稲光で照らし、障壁で守られた【俺の家】をなおも爆発的な衝撃で揺さぶる。


 そして。


 稲光と轟音がおさまった視界の先には、水竜の姿は跡形もなく、ただ水面がゆらゆらと静寂に揺れていた。


「よっし! 勝っーーうおあぁっ!?」


 ドオォォンッ! ドオォォンッ!


「きゃあぁっ!?」


「ヒキールさま、これは……!」


「ああ! くそっ、生きてやがった! そして真下かよっ! あのクソ水竜っ!」


 勝利の喜びに思わず立ち上がりかけた瞬間、真下から立て続けに襲ってきた衝撃。


 さすがは、魔物最強種が一つ。


 どうやら、スタンピードのときのオークキングなら、おそらく一発で消し炭にできるだろう【俺の家】の必殺の〈天雷〉を二発くらっても。まだこうして元気に暴れるだけの余力があるらしい。


 【俺の家】底部の障壁を最大レベルで張っている以上、すぐにどうこうはないだろうが。

 いま真下への攻撃手段がない以上は、いずれにせよ時間の問題だ。


「仕方ねえ、こうなったら、奥の手だっ! プリアデ! シルキア! 衝撃に備えろ!

 魔法金属脚、最大出力! 跳べえぇぇっ! 【俺の家】ぇぇぇっ!」


「えっ!? う、うそでしょぉぉっっ!? いやああぁぁぁっっ!?」


「プリアデさまっ!」


 悲鳴を上げあわててしゃがむプリアデに、守るようにシルキアが覆い被さった瞬間。


 ガシャ! ドオォォォォンッ!


 8本の魔法金属脚を大きく屈曲し、【俺の家】が天高く、長く大きく飛翔する。


「脚部含む【家】の全障壁、瞬間最大出力で展開っ! 持ち堪えろおおおぉぉぉっ!」


「きゃああぁぁっ! 落ち、落ちっ!?」


「大丈夫です……! プリアデさま……!」


 ドババババババッッシャァァァンンンッッ!!


 盛大な水飛沫を上げ、中へと伝わる衝撃は障壁で最大限に抑えつつ、さっきの場所から数百メートルは離れた地点、【俺の家】が水面に着水する。


「くっ、よっし! 耐えきったぁ! 水竜は!?」


 着水の衝撃も冷めやらぬまま、今度こそ決着をつけるべく俺はすぐさま魔力センサーで水竜を探した、が。


「は? ど、どこにも……いねえ……? なんで……?」


「ちょっと! ヒキール! 【家】跳ばすとか、とんでもないことするんなら、もっと事前に言いなさいよ! し、心臓が止まるかと思ったわ!」


 立ち上がり、俺が呆然としていると。


 よほど先ほどの【俺の家】の大跳躍ジャンプがあまりに予想外で恐ろしかったのか。

 シルキアにひしと抱きついたまま、プリアデが涙目で俺を睨んできた。


 シルキアは宥めるように、プリアデの輝く金の髪を「もう大丈夫ですよ」と、優しく撫でている。


 こうしていると、なんだか仲睦まじい姉妹のようだ。


「わ、わりぃ……! い、いや、でもいま、それどころじゃねえんだ! 

 プリアデ! シルキア! 水竜が……!」


 そして俺は、二人に湖全体まで魔力センサーの出力を最大に広げても、水竜を感知できないことを話した。


 かなり遠くにいる他の小型水棲魔物の魔力が感知できている以上、魔力センサーの故障ということも考えられない。


「……なるほど、ね。話はわかったわ。なら、答えは一つよ」


 さっきまでの大跳躍での狼狽えようが嘘のように、腕を組みプリアデが落ち着き払った様子で鷹揚にうなずく。


「答えは一つって……まさか、水竜がどこに消えたかわかるのか!? プリアデ」


「ええ。考えてみなさい。ヒキール。魔力センサーは正常に働いている……なら、それが意図的に遮断されているとしたら?」


「そうか……! 人工の魔力障壁、いやむしろセンサーを対消滅させる妨害魔力波か! この大量の水以外ほとんど何もないアレク湖で、唯一それができるとしたら……!」


「プリアデさま。もしや、それは」


「ええ、そうよ。行きましょう。ヒキール。シルキア。

 アレク湖中心、浮島にある古代魔導文明の遺構。奇しくも数十年に一度水竜と雌雄を決する、どうやらあたしたちにとってもとなる、決戦の地へ」


 視界の先に映る遺構。


「おう!」


「はい!」


 まっすぐにアレク湖の中心を指差すプリアデに、


 俺とシルキアは、確固たる再戦の決意とともに、こくりとうなずいた。

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