第22話 竜と【家】と借金返済。
「ヒキール。あたしの狙いは、竜よ」
【俺の家】の
シルキアがその腕を如何なく振るった、素材の味を活かした塩胡椒だけで味つけられた、焼き目も香ばしい分厚く切られたオークキング肉の霜降りステーキ。
肉汁あふれるそれをフォークで口に運びながら、プリアデはそう言った。
***
ーー今日の早朝。
俺がついにプリアデに、『明日も、これからもずっと』と言わせることに成功し。
『おかえりなさい。ヒキールさま。プリアデさまも。あらためて、どうぞこれからもずっとよろしくお願いいたします』
どうやら、【家】の外での俺たちのやりとりを気配を隠しつつも、こっそり見守ってくれていたようで。
シルキアは、そうにっこりと笑って俺たちを出迎えてくれた。……わずかに目尻に涙のあとが見えた。
『ふふ。それにしても、シルキアは本当にうれしいです。プリアデさまという素晴らしい方を【家】に迎えられて、これでコーモリック家も安泰ですね』
「ちょっ!? な、何言ってるのよ、シルキア! そ、そういうのは、まだ早っ!?」
……とかいう、やや冗談めかした俺からすると正直謎? な二人のやりとりを耳に挟みつつ。
そのまま、ふらふらと自室に戻った俺は。
心から安心したせいか、張り詰めていたものが切れたように。
すぐに自室のベッドで倒れ込むように眠りについた。
***
ーーで、そのまま俺が寝たまま朝をすっ飛ばして迎えた昼食の席。
どうやら、俺と同じく徹夜していたらしいプリアデも、シルキアにからかわれたすぐあとに部屋で眠っていたようで。
おかげで朝食を自分の分だけ簡単なもので済ませたらしいシルキアは、その分たっぷりと腕によりと時間をかけて。
俺たちが討伐した、虎の子のオークキング肉。それも一番いい霜降りの部位をメインのステーキに、ふわふわ焼きたてパンや具材たっぷりのシチュー。
新鮮野菜のサラダに、デザートまで含めた俺たちの昇格祝い。
なによりもプリアデを正式に【俺の家】の
そして、その席で昼食を摂りながら、まず俺たちが第一にしなければならない。
望まない政略結婚まであと約半年という時間制限のあるプリアデの借金返済計画に向けての話し合い。
まず最初に上がった、俺とシルキアが借金を肩代わりする案は。
『ヒキール。手伝ってもらうわ。とは言ったけど、あたしは決して
そんなことをしてもらうくらいなら、いまからでも、あたしはいますぐこの【家】を降りるわ。……だから、二人の優しい気持ちだけ受け取っておくわね。ありがとう』
と、なんともプリアデらしい口ぶりで、真っ先に断られてしまった。
……まあ、プリアデなら絶対にそう言うだろうな、って気はしてたけど。
ーーで。
なら、そもそもプリアデの元々のこれからの予定について聞かせてくれ。
と尋ねてみたところが、さっきの発言というわけだ。
「竜? それって、どういう意味なんだ? もう少し詳しく聞かせてくれ。プリアデ」
「ええ。もちろんよ。ヒキール。あたしは竜について、前々からいろいろと調べていたの。
世界各地に伝わる逸話。その生態に種類、生息地について」
「えーっと、それってやっぱり、借金返済のためか?」
「それもあるけど、そ、その……もともとは、子どもの頃からの憧れで。だって【竜殺し】って、すっごくカッコいいじゃない?」
そう言ってプリアデは、少女のように頬をほんのりと赤く染めた。
──魔物最強種の一つ、竜。
魔力の豊富な土地に好んで棲み、あらゆる環境に適応。
メジャーどころでは火竜や水竜、かなりの変わり種としては毒竜や屍竜など、それこそ千差万別といっていいさまざまな種を持つ。
総じて硬い竜麟に覆われた巨大な体躯に、獲物を引き裂く屈強な牙と爪を持ち。
さらには、水中や高空などの環境に適応した機動力。
その種に応じた特殊な魔法を操り、年月を重ねた個体は、人間の言葉を操る知性さえも。
そのまさに別格といっていい最強の魔物の魔石や素材は、当然の如く非常に高く売れる。
そして、その討伐という偉業を成し遂げたものは、"竜殺し"と呼ばれ、英雄視された。
「なるほど、道理ですね。確かに竜討伐ならば、莫大な借金を返済して自由になるというプリアデさまの目的にも大いに近づきます。
それで、お調べになられた中で実際にプリアデさまの狙いになられている、私たちの次の目的地ともなる竜とは?」
食後のデザートがコトリと俺たちの前に配膳される。
俺たちの給仕をしつつも、いつのまにか自らもきっちりと食事を終えているシルキアがそう問うと、プリアデはこくりとうなずいた。
「結晶竜。ここ中央大陸は、石の国オルストにある神秘の晶山ミルトラスに棲むという、全身が輝く結晶で覆われたという竜よ。
魔石はもちろん、その結晶素材は武器に防具、宝飾品。加工次第では何にでも一級品にできるって評判なの!
討伐すれば、間違いなく全身高く売れるわ……!」
両目がG(ガドル)になっているプリアデに、俺はこくりと相槌を打つ。
「へぇ。このバーズナン王国の隣国、鉱石や宝石と鍛治の国オルストかぁ。
なかなかおもしれえ素材がありそうだし。魔導技術に通じるところがある鍛治にも興味あったし。そこも一度行ってみたかったんだよな。
……あれ? でも、そういえばプリアデ。このバーズナン王国の、この近くにはいないのか? 竜って」
「いるわよ。……ただ、時期が悪いわ」
ーー水竜。
王国南東部にある、アレク湖。その広い湖の中心にある、古代魔導文明の遺構。
普段は数十メートルはある深さになみなみと水をたたえたそのアレク湖は。
数十年に一度、なぜか水位がひざ丈程度までに下がることがあり、その際に徒歩で遺構に到達した冒険者たちが水竜に遭遇。
死闘の末に倒したという逸話が幾つも残されているらしい。
「……ただ、その数十年に一度って、あたしがギルドで閲覧した前回の記録から数えると多分来年だから、間に合わないのよ。まったく、運がないったら」
プリアデは、はっきりとわかる大きなため息を吐いた。
本当は水竜、見てみたいんだろうな。
「まあ、いざそのときになれば、他の実力ある冒険者たちで競合多数だろうから、本当にあたしたちが倒せるかはわからないんだけど。
かといって、相手は水竜。いまもし船を使って無理やり挑んだとしても、こっちは不安定な足場な船の上。
相手は本領発揮する勝手知ったる水の中を縦横無尽に泳ぎまわるで、まるで勝負にならないわ。
もしあたしが足場関係なしに戦える、S級並の実力者なら話は別なんだろうだけど」
「んー、そうか。なるほどなぁ。なら、やっぱり石の国オルストの結晶竜……ん? なあ、プリアデ?
いまの口ぶりだと、安定する足場があれば、水竜とも戦える自信があるってことか?」
「ええ、そうよ。スタンピードを超えてB級になり、あのとき、全魔力を燃焼して〈黄金剛腕〉の英雄、マスター・ゴルドガルドにも剣をとどかせた、いまのあたしと。
そしてなにより、あなたたちという仲間がいれば、一太刀くらいならやりようはあるわ。正攻法とはほど遠い無茶なやり方だけど。
でも無茶をしてでも、それぐらいやってのけないと、竜殺しなんて夢のまた夢よ。……って、まさか、ヒキール……!?」
「あの、ヒキールさま。その、まさかとは思いますが……」
ガタリ! とまじまじと二人に見つめながら、俺は満を持したように席から立ち上がる。
「へへっ! そのまさかだぜ! プリアデ! シルキア!
よっし! 予定変更だ! 次の目的地は、バーズナン王国南東部アレク湖! 俺たちでいっちょ水竜討伐といこうぜ!
水陸両用! 【俺の家】自慢の水上歩行機能で!」
驚きに目を見開くプリアデとシルキアに、俺は自信満々にこぶしを握り、ニカっと笑ってみせた。
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