第21話 今日を超えた明日のために。

 ……結局、俺は昨夜は一睡もできなかった。


 いや。というよりは。


 途中から、もう眠ることをとっくにあきらめた、と言ったほうが正しい。


 自室のベッドから抜け出し。


 こうして星空の、いまは昇り始めた朝陽を見上げながら。


 【俺の家】の2階に設えたバルコニーの白い椅子に、外から見れば何するでもなく、ただぼうっと座っているのだから。


 ーーそれでも、考えた。考えつづけた。


 一晩中。


 最初はベッドの中で、じっと暗い天井を見上げながら。


 バルコニーに来てからは、広く大きな星空を見上げながら。


 でも、こうして見上げるのが昇り始めた朝陽になるまで考えつづけても。


 冷たい夜の空気が新鮮な朝の空気に変わっても、答えが出ない。


 ーー"今日は"を"明日も"に変えるにはどうすればいいのか。その答えが。


 だから、それは、ただなんとなく、だった。


 小さな物音がした気がして。


 気配を感じた気がして。


 だからなんとなく、【家】の入口の辺りを見て。


「プリ……アデ……?」


 ーーそこに、彼女が、立っていた。


「……ヒキール」


 まるで。バツが悪くいたずらが見つかったような困ったような顔で微笑む、


 朝の光に煌めく金髪をポニーテールに結い、軽鎧を、冒険者装束を身につけ、腰に剣を差し、


 ーー完全に旅装を整えた彼女が。


「プリアぁっ! デぇぇっっ!」


「えっ!? ちょっ!? ヒキールっ!?」


 どれだけ俺が、鈍くても。


 ひきこもりで、人間関係の経験がロクになくて、他人の心に疎くても。一瞬でわかった。


 いまを逃したら。プリアデと俺の目指す道が重なることは、きっともう一生、ない。


「簡易魔力障壁っ! 展開ぃっ!」


 だから、もう一度名前を叫んだその瞬間には、俺は、バルコニーから跳び下りていた。


 夜の寒さを凌ぐために、外行きの魔力障壁機構付き外套を着ていたのが、偶然にも功を奏し。


 落下の衝撃を足下に展開した魔力障壁で相殺し、俺はスタッと、プリアデの前に着地する。


 着地を失敗したときに助けようとしてくれたのか、プリアデはその両手を俺のほうへと伸ばしていた。


 安堵の息を吐いて、わずかに苦笑しながら、その手が胸の前へと戻される。


「もう、まったく。本当にすぐに無茶するんだから、ヒキールったら。でも、あんまり心配かけちゃだめよ?

 ……あたしはともかく、シルキアには」


 ーープリアデがそう言いながら、一歩を下がる。


 一歩、また一歩。


 【家】から離れ、シルキアと、俺と、"一線"を引いて、離れていく。


「本当は、黙って出ていくつもりだったけど……でも、そうね。やっぱり、会えてよかったわ。

 シルキアにも、よろしくね。いろいろ本当に楽しかったわ!

 ……じゃあ、ヒキール。そろそろ、あたしは」


 一晩中、いまもなお考え続けているけど、結局、わからなかった。


 "今日は"、を"明日も"、に変えるには、どうすればいいのか。その答えが。


 ーーなら、もう、同じだ。


『頼む……! 俺の夢を、自由、を、奪わないで、くれ……!』


 あのときと。ゴルドガルドのオッサンのときと。


 俺の思いの丈を、魂の、心からの叫びをーープリアデに、ぶつける。


 いまは、ペンダントは身につけていない。


 だから、その代わりに胸の前で。


 そこにある見えない決意を、かたく握りしめながら、叫ぶ。


「もう、行ーー」


「プリアデ! 俺は! あんたに、頼みがある!」


 ーー遮った。


 微笑み、何かを言いかけたプリアデを。そして次に何かを言う前に、さらに、叫ぶ。


「俺の夢を、手伝ってくれ! 秘境、魔境、そして、未踏領域! 

 どこまでも自由に旅して自由に冒険する! ゴルドガルドのオッサンに! プリアデ、あんたに語った、俺の夢を!」


 それが、俺がプリアデの手を離したくないーープリアデが欲しい、理由。


 俺の、混じりっけなしの、本音だ。


 そして、それ以上に、もう一つ。


「だから、俺に! あんたの夢を手伝わせてくれ! あんたが自由になるために! あんたを縛る【家】という名の鎖を! あんたが断ち斬る手伝いを! 

 俺が、プリアデ! あんたを! 俺の【家】の仲間かぞくにするために!」


『マスター・ゴルドガルド。覚悟をしめすわ。お母さまから受け継いだ、あたしの──この剣で』


 何より、あんたが俺に、そうしてくれたように。


「俺だって……! あんたの夢のために、あんたの剣になりたい!

 俺は! あんたのためにっ! 戦いたいんだよっ! プリアデぇぇっっ!!」


 俺は、混じりっけなしの本音を、叫んだ。


「ふっ、ふふ! なによ、それ……!」


 吹き出したプリアデが、青い瞳からぽろぽろと涙をこぼす。


 そして、一歩を。俺もまた、一歩を近づく。


 プリアデが泣き笑いのような笑顔で。きっと俺もまた、同じような笑顔で、互いに、向き合う。


「ええ、ええ! ヒキール! あなたの夢、あたしが手伝ってあげる! あなたの【家】の仲間かぞくになってあげるわ!

 だから、あなたにも、あたしの夢、あたしが自由になるための戦いを手伝ってもらうわよ! 言った以上は、覚悟しなさい!

 だから……! 今日も、明日も、これからも、ずっとよろしくね、ヒキール!」


「おう! こちらこそ覚悟しろよ! あんたには絶対、ずっとずっと俺の夢を手伝ってもらうからな! 

 だから、これから、仲間かぞくとして、ずっとずっとよろしく頼むぜ! プリアデ!」


 いつのまにか、陽は、すっかりと昇っていた。


 ーー今日を超えた明日が始まる。


 まるで、朝の光が祝福のように降り注ぐ中。


 俺とプリアデは、仲間かぞくとして差し出した手を、互いに、しっかりと繋ぎあった。

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