第23話 水上歩行モードと、湖上の戦い。

 ーーアレク湖。


 王国南東部にある、直径約5キロメートルほどのそのごく小さな湖は、ほぼ円形。


 ーーという、およそ自然なものではありえない形をしていた。


 魔力も豊富。水棲魔物が跋扈ばっこするため漁には向かず。

 船という不安定な足場の上での水棲魔物との不利な戦いを冒険者も好まず。


 数十年に一度、水位が徒歩移動できるまでに下がった際の水竜討伐以外には、ほぼ人が訪れることのない、結果として静かで平和な場所といえた。


 ーー正直言って俺は、ワクワクしていた。


 到達自体は容易なゆえに、秘境にも魔境にも分類されない場所。

 だから、俺にとってはむしろノーマークだった。

 そんな場所にさえ、こんな思いもよらない冒険が待っているなんて。


 ここに来れたのは、紛れもなく水竜について詳しく調べていたプリアデのおかげだ。


 そして、いま俺たちは、その静寂のアレク湖へ大きな波紋を生み出すべくーー、大いなる"一歩"を踏み出す。


「魔導金属脚、底部魔力障壁レベル最大で展開! 並びに、防御障壁を全方位、最小レベルで常時展開! 

 自動操縦を継続! 水上歩行モード、起動! よっし、いくぜ! プリアデ! シルキア! 覚悟はいいな! 移動要塞【俺の家】、発進だ!」


「ええ! いつでもいいわよ! ヒキール!」


「はい。ヒキールさま」


 直後。【俺の家】を支える太く頑丈な魔法金属脚が水面に脚を踏み入れーー


 ブォン。


 パシャァァァァァァン。


 ブォン。


 パシャァァァァァァン。


「っ〜〜よっし! 大! 成功だっ!」


 一歩踏み出すたびに、魔法金属脚の底部障壁が、完全に水面の水を弾く。


 歓喜の雄叫びとともに、俺は両拳を天に突き上げた。


「はぁ〜。大丈夫だと思ってはいても、いまの最初の一歩めは、さすがに緊張したわね」


「ふふ、そうですね。プリアデさま。はい。こちらのハーブティーをどうぞ。いまのうちにゆっくり心を落ち着かせてください。むしろ本番はこれからですので。

 はい。ヒキールさまも。水上歩行モードの成功、おめでとうございます。

 これでまた一歩、この【家】でどこまでも往くという夢に近づかれましたね」


「そうね。ありがとう。シルキア。いただくわ。ヒキールも、大成功おめでとう」


「おう! へへっ、ありがとな! プリアデ! シルキア!」


 【俺の家】の2階リビング。


 ソファに座り、こくりとシルキアが淹れてくれたハーブティーを飲む。


 爽やかな香りがそっと鼻を抜けていく。

 ふっ、と体の緊張が解けていく気がして心地よかった。


 と、そんな中。


 自動操縦で湖の中心の遺構へ向けて進んでいた【家】の魔力センサーに「ビーッ!」と反応。


 俺は、生体魔力通信で空中にモニターを投影し、呼び出す。


「どうやら、水棲魔物ですね。5メートル級水蛇型、3メートル級怪魚型、槍を装備した2メートル級魚人型。全部で20体、あとは小物多数といったところですか。

 すでに囲まれています。かなり距離が近いですが、ヒキールさま。どうなさいますか?」


「へへっ! 決まってるぜ、シルキア! こういうときは、一気にいくぜ! 全周囲、全砲塔百門展開! 

 魔力吸収機構、全開! 魔法式選択、水! 全砲塔、発射! 目標、下方ーー!」


 直後。


 全周囲、全砲塔から斜め下へと放たれた水の弾が水面を高密度で一斉に貫きーー


 ババババババッ!


 シャァァァンンンッッ!!


 ーー水面を穿つ無数の波紋がごく近距離で連鎖共鳴増幅。水中で爆裂。


 わざわざ一体一体に狙いをつけるまでもなく。


 破壊的圧力を伴う水中に巻き起こる局所的嵐と大渦に巻き込まれた水棲魔物たちは。

 その死体を残らずプカプカと水面に浮かべることとなった。


「よっし! 楽勝っ! 続いて、作業用アーム展開! 投網っ!」


 大小の作業用アームで巨大な投網を目いっぱいに広げ、バッ! とプカプカと浮かぶ水棲魔物の死体を文字どおりの一網打尽にして、【俺の家】の倉庫にまとめて転送収納する。


 続いて自動操縦で【家】の倉庫内部、別の精密作業用アームに、素材の解体や魔石を取り出すよう命令したところで、俺はシルキアに向き直った。


「へへっ! さすがだな! このアレク湖に向かうと決めてから、シルキアがここ数日夜なべして編んでくれた超丈夫な魔法金属製の大網のおかげで、討伐した水棲魔物の取りこぼし、一切なしだぜ!」


「ふふ、お褒めにあずかり光栄です。ヒキールさま」


 そんなふうに、俺とシルキアが和気藹々と話していると。


 ビビーッ! ビビーッ! ビビーッ! ビビーッ!


 警告音。


 さっきのものとは違う、一定以上の魔力を感知したときのみ。


 あのスタンピードでオークキングにすら反応しなかった、常時張り巡らせた緊急センサーが反応。


「ーー来たわ」


 ほぼ同時に、来たる決戦に備え静かに精神集中をしていたプリアデが立ち上がり。


 バッシャァァァンンンッ!


 アレク湖中心の島、古代の遺構のすぐ近く。


 水面を大きく割った巨体がその鎌首を持ち上げ、


「ギシャアアアアァァァァァァァァァッッ!」


 それは、青黒い鱗を光らせながら、湖の空気を震わせた。


 まるで水そのものが命を得て立ち上がったかのように。


 推測、全長20メートル超の硬い鱗をまとう水蛇に似た威容。


 魔物最強種が一つーー水竜が俺たちの前に、その姿を現した。


 ーー体が、震える。


「へへっ、これが……! よっし! さあ、やるぜっ! プリアデ! シルキア!」


「ええ! ヒキール!」


「はい! いつでも、ヒキールさま!」


 この瞬間。


 ──俺たち仲間(かぞく)と【俺の家】と水竜との湖上決戦が幕を開けた。

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