第11話 VS天使

無人の広場でふたりは対峙して構えた。


川村は斬心刀を構え、星野は棒立ちだ。脱力しきった印象のある星野の構えだが、これこそが最も恐ろしいことを川村は知っている。


星野は格下や様子見のときは漫画本を読みながら相手をするが、最初からそれをしていないということはある程度本気であることを意味している。


「いつでもどうぞ」

「参る!」


川村は踏み込み斬撃を――練習試合の範囲内で放つが星野も慣れたもので川村の斬撃を得意のフットワークで回避している。動体視力が優れているのだ。横一閃も上体を反らして回避する。


「やはり星野殿は強いでござるな」

「大したことありませんよ」


感情の読めない抑揚のない声で星野は答えた。

川村はこれまでの経験でわかっていた。回避されている間はまだまだ遊びだ。


星野は地面からすこしだけ浮遊して天使の翼を展開し手を広げた。


「すこしだけギアをあげましょうか。練習ですから」

「そうでござるな」


川村は四つの斬撃波を放つが星野は無防備で受ける。白いシャツが血に染まる。

通常の相手なら即死だろうが彼は違う。耐久力が尋常ではないのだ。


川村は前へ距離を詰め、喉へ突きを見舞う。刃が喉を貫通し鮮血が飛ぶが星野の表情は一切の変化がない。


「星野殿。大丈夫でござるか」

「ご心配なく。どんどん斬ってください」

「心得たでござるよ」


星野は痛覚がないと言われている。身体も極めて頑丈で再生能力も桁違いで、対峙した相手はあまりのタフさに恐怖を抱く。


友人相手とはいえ、練習の範囲内とはいえ斬撃を見舞い続けてもいいのだろうかという葛藤を抱く。先ほどから星野は血だらけなのだ。


全身から真っ赤な血を流しながらも全くの無表情というのが不気味な印象を与えている。


先ほどのカレーパンを食べた分のカロリーは消費したので練習は止めにしようと川村が告げると星野はあっさりと承諾した。見ると傷がもう癒えている。


先ほどとは違うパン屋でカレーパンを買って食べながら歩く。

時刻は夕暮れになっていた。


「先ほどの勝負ですが、川村君が本気で僕を斬っていれば僕の命はなかったでしょう」

「だがその場合はお主も本気を出すでござろう」

「あの言葉を言わない限りは大丈夫ですよ」


どこか遠い目を見て星野は語る。ある言葉を二度言われない限り星野は本気を出すことができない。それは彼の枷のようなものだった。


「今日は楽しかったです。また会いましょう」

「そうでござるな」


ふたりは背を向けて歩き出す。再会するのはいつになるだろう。

たとえどれほど時間が経過しても星野とは友達だろうと川村は思った。


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