王子と玉子はどちらも『おうじ』と呼ぶのです。しかし私は『たまご』と呼びたい。だって完璧な彼の唯一の弱点だから

王子と玉子はどちらも『おうじ』と呼ぶのです。しかし私は『たまご』と呼びたい。だって完璧な彼の唯一の弱点だから

　私の高校には王子様がいる。

　それはそれはイケメンで、女子は彼を見ると目がハートになるの。

　私だって初めて見た時は、格好良いなぁとは思ったよ。

　そして、彼は頭も良いの。

　毎回学年トップの彼は女子のハートを独り占め。

　でも、私には納得いかないところが一つだけある。

　それは彼の名前なの。

「王子～」

　女性の先輩が彼を見つけると嬉しそうに走って来る。

　隣にいる私と彼の間に捩じ込んで入って来て、私を視界から見えないようにする。

　私の足を踏んでるわよ。

　そう思いながらも、私は少し間をあけてあげるしかない。

「王子～、今日、部活は来るの？」

「えっと、今日はコイツに勉強を教えるので休みます」

「えっ、そうなの？　それじゃあ、また明日ね」

　女性の先輩はしっかり私を睨んで、帰って行く。

「何が王子よ。点が足りないわよ」

　私は女性の先輩の後ろ姿に向かってプンプンと怒りながら言う。

「俺は王子でいいんだよ」

「本人が訂正しなくて誰がするのよ？」

「王子が俺にはぴったりだろう？　だから、こっちが本当の名前なんだよ。それに、俺の名前は漢字は違っても『おうじ』って読むんだからさ」

「そうだけど私は許せない。こんなにイケメンで頭も良いし、名前も王子なんて許せない」

「おっ、タマも俺の魅力に気付いたか？」

　私の名前はタマ。

　こんな猫みたいな恥ずかしい名前だから、私は本当の名前で呼ばれない彼に腹が立つの。

「最初はイケメンだって思ったわよ。でも名前を聞いて、その俺様な所も、自意識過剰な所も知ったら大嫌いよ」

「なんだよ。俺の名前が羨ましくて嫉妬かよ」

「違うわよ」

「じゃあ何？　本当は俺のこと、、、」

「大嫌いよ！　玉子（たまご）のくせに」

　私は彼が変なことを言う前に彼の名前を大声で言い捨て、逃げるように教室に戻る。

　言ってやったわ。

　そうなの。

　彼は王子なんかじゃないのよ。

　彼の名前は玉子（たまご）とかいて『おうじ』と呼ぶ。

　それだと王子と呼んでいいと思った？

　いいえ、彼の父親が名前をつけたのだけど、彼が生まれて嬉しくてお酒を飲みすぎ、そのまま役所へ行き、玉子（たまご）と名前をつけたの。

　なぜ玉子（たまご）なのかというと、お酒を飲んでいるときに、食べていたおでんに入っていた玉子が、彼の頬っぺのようにつるんつるんだったからだそうよ。

　彼の父親は、泥酔状態だったため彼の名前にフリガナを書かなかったみたいで、役所の方が何と読むのか聞いても泥酔の父親は何を言っているのか分からなかった。

　だから役所の人はフリガナをその名前の通りに書いたの。

　その役所の人は玉子（たまご）ではなく王子と見えたんだと思う。

　だから彼の名前は玉子（たまご）と書いて『おうじ』と呼ぶの。

　これは絶対に玉子（たまご）だよね？

「タマ、言い逃げはやめろよな」

　彼が私を追いかけて教室へ入ってきて言う。

「だって玉子（たまご）でしょう？」

「なんでタマだけ気付いたんだよ。みんな気付かないのに」

「私は騙されないの。間違い探しもすぐに見つけるんだからね」

「間違い探しとは違うだろう？」

「一緒よ。私は騙せないわよ」

「そっか、まぁ、いいから勉強するぞ」

　彼は私の頭を撫でて私の前の席に座る。

　私も大人しく座る。

「それで、何処が分からないんだよ？」

「ここ！」

「こんな簡単な所も分からないのかよ？　小学生からやり直せよ」

「そんなに言わなくてもいいじゃない」

「ほらっ、ちゃんと聞けよ。これは昨日教えた応用なんだよ」

　口は悪いくせに、ちゃんと教えてくれる優しい玉子（たまご）。

　彼にも良い所はある。

「あっ、ねぇ、虹だよ！」

　教室の窓から虹が見えたからすぐに彼に言う。

「うん」

　彼はニコニコと優しい眼差しで私を見ている。

「虹だよ？」

「うん」

「見ないの？」

「見てるよ」

「えっ、でも」

「タマを見てるからその後ろに虹は見えるよ」

「何で私を見てるの？」

「虹の背景がタマに似合うからだよ」

「背景？」

「俺には虹は霞んで見えるんだよ」

「ドライアイなの？　それなら目薬あるよ」

　私はペンケースから目薬を出す。

「目薬のCMかよ」

　彼はクスクスと笑う。

　本当、目薬のCMみたいだね。

　私、目薬のCMに出れるかな？

「タマ、勉強するぞ」

「うん。その前に、私、玉子は大好きだからね」

「ん？」

「おでんの中にある玉子は大好きよ」

「何の話だよ」

　また彼はクスクスと笑う。

　そんなに面白いかな？

　玉子を大嫌いって言ってしまって、玉子に失礼かなと思ったから言ったのよ。

「玉子（たまご）は大好きなのよ」

「二回も言わなくても分かったから」

　彼はまだクスクスと笑う。

　彼の笑う顔が私は大好きよ。

　この二人の時間が、ずっと続けばいいのになぁ。

　だから今日も、私は玉子（おうじ）と一緒に勉強をするの。