第14話 幼馴染の、そばで

 何をしたいんだろう。


 朝海。


 目の前で。


 俺の口を塞いで。


 そして、その乳房に、俺の手を。


 生まれて初めての感触に脳内に電流が走る。


 マトモな思考がばちばちと焼けて、溶け落ちるように背筋にぞくぞくと走る。


 こんなにも近くに。


 慣れ親しんだ、いや、遠い昔のかつてに鼻にしたその匂い。


 刺激とは無縁のそこから想起される記憶が、今目の前にある肌色とその感触で、真っ赤な色に塗りつぶされていく。


 何も言えない。


 鼻に満ちる朝海の手の匂い。


 昔とおんなじだ。


 安心するような、ふわっとするような。


 でもこんな。


 頭を焼いてくるような、カッとする匂いじゃなかったはずだ。


 なのに今。


 もう、くらくらとして、頭が痛い。


 体の変なところが熱くなってくる。


 朝海に対して俺は、今そんな感情を抱いている。


 いいことなのか悪いことなのか。


 いや、いいことなのだろう。朝海は俺が好きなのだから。

 こんな涙目にして、俺に泣きついて、じっと俺を抑え込むほどに。


 俺を、離したくないのだ。


 そして。


 その体を。


 自らのものにして良いと、彼女は言っている。正真正銘、この瞬間に。


 でも、何もできない。


 何も言えないから。


 朝海は止まってしまっていた。


 何もしてこない。


 俺を見て、じっと。


 ひどく細めてしわを寄せている、そんなくちゃくちゃになってしまった泣き顔の目を、俺に向けていて。


 ただ口を塞がれて何も言えない俺は、何もできない朝海と共に、その瞬間静止している。


 ちぐはぐだ。


 どうすればいいのか。


 どうしろというんだ。


 目の前の苛烈な欲望を突いてくる幼なじみ。でもその顔の内は、こんなにも。

 まるで、つつけば壊れてしまいそうな、そんな顔をしている。


 何もできない。何も言えない。


 俺と朝海、どちらも同じだった。


「っ、ふっ、うっ」


 鳴き声、そして、覆いかぶさってきた。


 ずっしりと重い果実と、涙だらけになったその顔が、俺の胸板に乗っかってくる。


 同時に、胸にしていた俺の手も、ふさがれていた俺の口も。力の抜けた朝海の手から、解放された。


「うわっ、あっ、あぁ」


 ただ泣いている。


 俺の制服をしわくちゃにしながら。


 顔をこすりつけるように。でも俺に顔は見せないように。


 こんな酷く露わにしている幼馴染。なのに、俺は幼馴染朝海の気持ちが俺には分からない。


 俺のことを、こんなにも好きなのは分かる。


 でも。


 朝海幼馴染に、俺は、どうしたらいいのだろうか。







「達哉さん……」


 幼馴染……。


 いらっしゃったなんて。


 仲が良かったんでしょうか。


 でも、様子がおかしかったような。

 いや、人に対して様子がおかしいなんて、そんな失礼なこと……。


 でも、仲が良くなければ。


 あんな、必死な様子で、話をしたいと言うはずは。


「…………」


 お父さんに、連絡をしないと。

 帰るのが遅れると心配するはず。


 達哉さんが許嫁になってから、私の行動は私一人のものじゃなくなったから、そういうところはしっかりしなければ。もう、小学生の時とは違うから。


「もしもし、お父さん」

『漣華? どうした』

「お仕事中大丈夫?」

『大丈夫だが。何か、あったのか?』

「うん、えっと……達哉さんが人と会って、それを待って帰るのが遅れそうだから、っていうのを言いたかったんだけど」

『そうか。達哉くんも新しい友達やらができて忙しいだろうからな。あんまり遅れるとなったらまた連絡くれな』

「いや……まあ、うん。分かった」


 新しい友達、ではないけれど。


「じゃあね。帰り、気をつけてね」

『お前もな。じゃあな』


 ……ふう。


 ……あれ、なんで私、『人と会う』っていったんだろう。

 そのまま、『達哉さんの幼馴染に会う』じゃ、ダメだったのかな。


 ……わかんないや。


 ……達哉さん、まだかな。

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