第15話 幼馴染、ですよね
ヴーッ ヴーッ
俺のポケットの中のスマホが震えた。
覆いかぶさられた中でなんとか腕を動かして、それを手にする。
漣華さんからの着信だった。
電話番号、友二に言われて、交換しておいたんだった。
「朝海、俺」
そういうと、ぎゅっと朝海の手が俺の制服を握りしめてくる。
そして、小さな声でこう言った。
「一つだけ聞いて欲しい」
「なっ……なに」
俺の胸板にうずめていた表情。
それを、ようやく俺の方に向ける。
目元はうっすらと赤くなっていて、口元は泣くのをこらえるようにぎゅっと閉じられていた。
何を言われるのだろう。
ただでさえ高鳴っていた胸が、また少しずつ音を増していく。
その口が、ふるふると震えながら開いた。
「おねがい。今週末、遊びたい」
「えっ」
あそぶ……?
呆けたような顔をしてしまった。
想定していた言葉と違った。
もっと、こう。
重く、感情を込めた言葉かと思っていた。
しかし、そうじゃなかった。
ぐっと何かを固めたかのような朝海の表情から出たのは、そんな遊びの誘い。
「……だめ?」
一瞬脳裏をよぎる、母親の顔。週末には、帰るって約束したっけ。
でも、こんな朝海を前にして、そんな事は言うべきじゃないだろう。
こんな朝海に、返してあげないと。
「分かった」
俺は、そう頷いていた。
一瞬だけ、朝海の目が嬉しそうに輝いた。
でもすぐに、目を背けて顔を隠してしまう。。
すると、朝海は立ち上がって、
「ごめん。ありがとう。部活、行くから」
「あ、ああ……」
そう言って、駆け足で行ってしまった。
「あれ、場所とか時間は」
「あとで、連絡するから」
「ああ……」
ざっざっという足音で、軽やかに走っていく朝海。
その青いジャージの背中が、木々の中へと消えていく。
それを見送って、俺はため息をついた。
安堵からだろうか。自分でもよく分からない。
朝海は、これでいいのだろうか。でも、本人が満足したなら。
「あ、電話……」
手の中には、いつの間にか震えるのをやめた携帯電話。
意識を戻して、俺は折り返し電話のボタンを押した。
✕
「ずいぶん、遅かったみたいです、けど」
「すみません、話が長くなっちゃって」
少し心配したような表情で迎えてくれる漣華さん。
でも、あそこで起こったことを正直に伝えられるわけもない。
……いや、ていうか。
なんだ、この視線の数。
「と、とりあえず行きましょうか、漣華さん」
「あ、はい。そうですね」
そう言って、俺と漣華さんは歩き出す。
その途中、辺りに意識を配ってみる。
……あ、同級生じゃない。朝海の学校の奴らだ。ていうか先週までは俺の学校だったんだけども。
「え? アイツ、誰? 今まであんなヤツいたっけ?」
「あれアイツ見たことあるような気がするんだけど」
「なんかうちの学校にいなかった?」
「は? じゃあなんでそんな奴がここにいんの?」
…………全員男だった。
こっわ。視線こっわ。
ていうかそうか、俺の顔知ってる奴もいるのか。テニス部の人とはほとんど接点なかったから油断してたけども。そりゃ朝海以外にもいるか。
「はっ、はあ、達哉さん?」
すると、漣華さんがなにやら息切れした状態で話しかけてくる。
「えっ、あ、はいなんでしょう?」
「あの、あるくの、はやくないですか、はあっ」
「あ、すみません」
しまった、無意識に大股になっていた。
かなり身長差があるから、漣華さんはすこし駆け足になってついてきているくらいだった。
立ち止まると、漣華さんはひざに手をついて息をする。
「ごめんなさい、その、大丈夫ですか」
「いえ、はあ、私体力なくて……」
ふう、と息を整えると、漣華さんは少し伺うような顔で聞いてきた。
「あの、焦られているのって、幼馴染のことですか」
「なっ」
いや、そうだけど、そうじゃない。
「それは……」
「あの、その」
ぎゅっ、と。
漣華さんは、自らの手首を握りしめた。
そして、とても不安そうな顔をする。
それから、こう言った。
「大丈夫、ですよね」
「え……?」
いきなりやって来た、漣華さんの不安げな表情。
なんで、こんな。
目を白黒させている間にも、再び、漣華さんは言葉を紡ぐ。
「幼馴染、ですよね。ふつう、の」
「それは」
「あんまりっ……その、火遊びをされると。私、すみません、おこがましいかもしれないですけど、不安に、なってしまいます」
そういう漣華さんの表情は、口にするごとに不安げになって、目元にしわが寄っていく。
「いやっ、大丈夫ですよ!」
思わず。思わず、そう口走っていた。
「お、幼馴染、ですから。そりゃ、仲はいいですけど。そんな、火遊びとかじゃないです。昔からの仲なので……」
「そうっ、ですか……?」
不安そうに、顔を上げて、訪ねてくる漣華さん。
……そう、じゃないけど。
でも、そう答えるしかない。
「そう、ですよ。大丈夫です。そんな……許嫁が、いるのに」
できうる限りの愛想笑いを作って、俺は口にする。
心が、ぎゅっと縮こまる感触がした。
「他の人になびくわけ、ないじゃないですか」
ああ、くそ。
ほんとにそうだったらよかったのに。
俺は、朝海のことが好きかは分からない。
でも、頭に朝海の顔を思い浮かべると、他の人に向ける感情とは違うものが出て来る。
それに、幼馴染としての朝海は。
普通の友達以上、だと思う。
大事な関係だと、そう思っている。
こんな状態じゃなきゃ、もしかしたら、もう。
「それなら……いいん、ですけど」
朝海、そして漣華さん。
どちらもこんなに、いい人なのに。
なんで。
こんなにも。
その間で、心が痛む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます