#003
翌日。
今日は木曜日。
制服に着替えつつぼんやり考える。
昨日のネットの検索結果は空振り。
普通に考えてそうだ。
記憶の中にすら存在していなかった人間をネット上で見つけることはできないだろう。
じゃあ、どうやって探す?
* * *
着替えた俺は寝ぼけ眼で登校する。
駅までの道すがら、俺は考える。
…彼女は、どこにいるのか。
…なぜ、忘れていたのか。
…なぜ、彼女に関するものや言及された資料がないのか。
そして、俺は思う。
…そもそも、彼女は誰なのか?
俺は、彼女のことを覚えていなかったが、思い出してからも彼女が学校にいた記憶はない。
では、なぜ彼女のことを知っているのか?
俺は気づいて、驚きに襲われる。
彼女に関する具体的な出来事の記憶が全く無いのに、彼女の情報だけを覚えている。
渡辺千紗希。
誕生日はたしか10月頃。
いつもはコンタクトだがたまに眼鏡をかけている。
手先が器用で、美術と技術の成績が良く、よく聞く音楽はロック。
…あれ。
なぜ俺は、こんなにも彼女のことを知っている?
そもそもクラスメイトと大して話さない俺は、クラスメイトのことを知っている方法も必要もない。
クラスメイトの素性なんて大して知らないのが当たり前。
名前や眼鏡云々はまだしも、誕生日に得意教科、よく聞く音楽まで知っているのはあからさまにおかしい。
…これは、本当に実在していた人間なんだろうか。
もしかして、俺の頭が作り出した幻という説が正しいのかもしれない。
イマジナリーフレンドか、もしかしたら俺のもう一つの人格とか。
多重人格になるほどの強い衝撃を受けたりトラウマを持っていたりはしないはずだが、しかし…。
空恐ろしい妄想をしていると、電車が駅の名前を告げる。
降りるべき駅のひとつ前の駅だ。
俺は、考えを打ち切った。
* * *
朝、俺はたいていクラスで最も早く教室に着く。
最初の3分間は至福の時間だ。
自分だけの教室。
基本的に何をしてもいい。
圧倒的な開放感がある。
その後、ぽつりぽつりと人が現れ始め、それからさらに3分もすればクラスは人で溢れ返る。
あっちからもこっちからも話し声が聞こえてきて、少し窮屈になる。
俺は少し肩身が狭いがひっそりと本を読んでいる。
最も窓際の席だから、大して邪魔にもならない。
次の瞬間。
ざわざわした教室の喧騒がやんだ。
全員の声がシンクロして止まり、束の間の沈黙が訪れる。
それと同時に、立ちくらみのようなめまいが起こる。
視界の中の風景が、魚眼のように歪んで見える。
視界の中が少しセピア色に染まったようになって、段階的にもとに戻る。
全ては一瞬の出来事。
だが、彼女のことを思い出している俺には何かが分かった。
今、何かが抜け落ちるような感覚があった。
何かはわからないが、何か目に見えないものが剥落して、俺の中から消えた。
「…今ちょっと静かになった?」
「なったよねー!」
「なんか一瞬貧血みたいになったんだけど…」
「俺も!大丈夫かな」
教室がざわめきを取り戻し始める。
喧騒が俺の剥落した何かを上書きして掻き消そうとする。
俺の何かが消える前に。
俺は、教室の前まで少し早足で歩く。
…そこにあるのは座席表。
それを見た途端、俺は違和感を覚える。
…教室の一番後ろ、一番廊下側の座席が一つ足りない。
なんとなくそう思った。
そこに図形が足りない、そう感じた。
図形がある方が自然に思えた。
俺は懸命にそこのことを思い出す。
そこに机と椅子が置かれていることを想像する。
そして、思い出す。
今度は、それほど難しくもなく。
消えたのは、
『
クラスの12番であり、俺の幼馴染だった。
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