#002

その事実に出会って、俺は戦慄する。


あってはならないことだ。間違いなく。

しかし、それ以前に非現実感のほうが大きい。


クラスにいない。昨日まで一切クラスにいたことはなく、誰として言及したことがない。

しかも、完全に存在そのものを忘れていたのだ。

頭の痛みに朦朧とした思考が、存在しない幻影を作っているのか。


いや、そんなわけがない。

この記憶は明らかで、明確で、決定的だ。


彼女は存在する。

間違いない。

俺の記憶は彼女のことを肯定している。

彼女は存在する。


けれど、どこに?


ずっといなかった。

覚えてすらいなかった。

それが、どれだけ恐ろしいことか。


俺は、はじめてそれを知った。



* * *



今日も、授業が終わる。放課後、俺はいの一番に学校から飛び出す。


これはいつも通り。

帰宅部としての矜持だ。


そして、まっすぐに帰る。

最速タイムを出すように、ペース配分など考えずに走る。


大して体力のない俺が、全力疾走でそう何秒も持つわけがない。


すぐに息は切れ、貧相な筋肉が悲鳴を上げる。


これは全くいつも通りじゃない。

いつもの俺はこんなことはしない。


いつもなら一番というアドバンテージに任せて、空いた道をスマホでもいじりつつゆっくりと歩く。


しかし、今日は何かが俺を駆り立てた。

生存本能とはまた違う、何か根源的なものが、俺の足を動かしていた。


俺は、はじめて自分自身の使命のために、やらなければならない何かのために走った。



なぜか俺は、足の痛みに満足感を感じた。


こんな時にも、俺は、自分が少しだけ変われたことを嬉しがっていた。



* * *



そして、話は戻る。

我が家にたどり着いた俺は、手を洗う前にさっさと制服を脱ぎ、私服に着替える。


この後外出するかもしれないので、ジーンズに白Tでとりあえず揃える。


慌ただしくPCを開いて、とりあえず検索バーにいくつかの単語を打ち込んでみる。


『失踪 ○○県 ××市』

検索してみるが、それらしい該当結果はなし。

単語を打ち込み直す。


『誘拐 ○○県××市』

成果はなし。


『失踪 女子高生 ○○県』

成果はなし。


『誘拐 女子高生 ○○県』

成果はなし。




『消失』『蒸発』『行方不明』

どれも該当するものはなかった。

検索履歴が物騒な言葉で埋め尽くされた頃に、俺は少しぞっとする。


これが、異常であることを再確認したからだ。

さっきまでは、俺が忘れているだけという可能性もわずかにあった。

それはそれで異常だが、何か失踪事件などあったのなら理解できる。

クラスメイトの噂など数週間で変わるからだ。


しかし、これは間違いなく失踪や誘拐ではなく、

つまりのか、なのかのどっちかなのだ。


これが異常でなくて何と言おうか。

怖気が走る。




もう少しで太陽は西に沈む。

部屋は真っ赤に照らされ、赤く染まった壁の何かを隠しているように思える。


夕方特有の静けさと寂しさの中、何かに見られたような気がして背中を悪寒が走った。


凍りつくような、底なしに冷たい悪寒だった。

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