The Day After

パチデス

#001

なんでだ?なんでだよ?


焦点が合わない目で、揺れる視界で、目の前の彼女を見つめる。

「なんで…なんで…」

口が盲目的に繰り返す。


彼女が、真っ白な歯を見せて笑った。

鮮烈な赤に塗りつぶされた視界の中で、彼女はとてもいい笑顔で笑っていた。



* * *



目が覚める。


そして、違和感を覚える。



教室だ。


間違えようもない、我が萩坂第一高校の、我が2年3組の教室だ。



間違いなくいつも通りの教室なのに、明らかに何かが違う。


行き交うクラスメイトが、まるで人間じゃない未知の生き物みたいに見える。






…よく考えれば、その感覚はある意味異質で、ある意味いつも通り。

彼らと俺の世界は隔てられていて、レイヤーで分けられている。

しかも、俺はそこで自分は特別なんだと思えるほどじゃない。


そういう奴らはある意味かっこいい。

そういう奴らは、身の程を弁えてなくて、めちゃくちゃに風呂敷を広げて、しかも結局なんとかなっちゃったりするのだ。


俺は、「中二病」っていうのはやっかみの言葉だと思っている。


俺は、中二病にはなれないからだ。


……自覚してないけど、もう手遅れなだけかもしれない。

そうなら、俺はいくらか救われるだろう。





頭が寝ぼけているからか、思考がまとまらないけれど、今回の感覚は明確にそれとは違う。


なんだか、視界に写真を挿入されているかのような。


そう思えば、どうやら少し視界が色あせているようにも感じる。

セピア色とまではいかないが、見たものすべてが見た先から少しずつおかしくなっていく。


どこがおかしいとも言えない、さりとて自然な風景では全く無く、なんとも言えぬ違和感が居座っている。


まるで、世界が認識を拒絶しているみたいだ。

視界に映るすべてのものに、デジャヴみたいな奇妙な感覚がある。


認識している世界と、本当の世界が乖離しているような感覚。




急に頭が痛くなってきた。

やっぱり、世界から思考を拒絶されているような感覚に陥る。



頭が痛え。

まぶたが降りてきて、朧気になった視界の中で、俺は思考を走らせる。

回らない思考の中で、思考を明確にするために口を動かそうとする。




そして、ふと気づく。

いつの間にか、口が、喉が勝手に動き出している。

ぶつぶつ、ぶつぶつと、怯えたように何かを呟いている。


気づいてから、甚大な恐怖が訪れた。

空気そのものに押しつぶされるような重圧が、肩にのしかかってくる。


いつも通り。

全くいつも通りの世界のはず。

そのはずなのに。




まるで、生存本能が勝手に足を回すように。


俺の口は、ぶつぶつと、を呟いている。


『…石塚真帆いしづかまほ宇田川慎也うだがわしんや岡祐介おかゆうすけ太田彩乃おおたあやの……』


なんだ。なんなんだ。


俺の意思とは関係なく、俺の口は人名をつぶやき続ける。


これじゃまるで不審者みたいじゃないか。


しかも頭の痛みは強まる一方だ。


『…桜井健吾さくらいけんご椎名洋しいなひろし須藤晶穂すどうあきほ……』


クラスメイトの名前が延々と俺の口から流れ出る。俺が焦るのにも関係なしに、俺のものでなくなった口が、クラスの名簿を紡ぎ続ける。


『…吉田和樹よしだかずき李健一りけんいち…』


頭が痛い。


そして俺は、唐突に、けしてあってはならない事実に直面する。


















俺は、思い出す。


『…渡辺千紗希わたなべちさき


この教室にいない、彼女のことを。

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