第11話 ジローの恐ろしさを啓発していかなければ。
商業都市サニム近隣の地図
https://kakuyomu.jp/users/patipati123/news/822139838339258832
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神聖歴578年 夏の中月 1日
「このペン売ってくれない???」
「ぎんかならいいですよ」
薪拾いを終えて孤児院に戻り、今日とった薪の半分を置いて外街の兵舎へと足を向ける。数か月前のコボルト騒動でお褒めの言葉を頂いてから、ここの兵舎はご褒美の意味合いを込めてか高めに薪を買ってくれるようになったからだ。
なんと籠半分で銅貨30枚。俺もザンムもほくほくである。
「いや、一つかみ銅貨1枚が大分安いんだぞ? 外街の連中は林に入る権利が無ぇから普通はその2、3倍はかかるんだよ」
「そうなんですか?」
「おう。林に入るにゃお上からの許可が居るんだ。あそこは街の共同財産だからな」
俺から銀貨1枚で買ったペンをにやにや眺めながらウォリック兵長がそう言った。彼はコボルト騒動の時に孤児院に来た部隊の隊長さんで、外街の兵舎の責任者でもある。お貴族様じゃないが平民では一番偉い階級の人らしい。
「で、こっちの地図だが余計な情報が多いな。まぁ初めてにしちゃあ良く描けてるが森の地図なんてなぁどこは通れるかくらいのもんでいいぞ。どうせ木が多くて外からじゃ分かんねぇんだからよ」
「こじいんのちいさいこたちがよむようにっておもいました」
「ああ? だから食える果樹の場所まで書いてんのか。意外といい兄貴分やってんじゃねーか」
俺の言葉にウォリック兵長はにっこりと笑ってガシガシと俺の頭を掻き交ぜる。この人は相手を褒める時に相手の髪をかき混ぜる癖があり、これが原因で娘さんからめちゃめちゃ怒られたことがあるらしい。女の子の髪の毛かき混ぜちゃ駄目だよね。
それから森の様子について変化があるかを確認された後、俺たちは兵舎を後にする。コボルト騒動の反省からか何かがあった時のために森の変化はきちんと情報を集めているらしく、俺たちの言葉もその情報の一つとして扱ってくれているそうだ。まぁ大人程深くまで潜れないとはいえ、俺たちも実際に毎日森に入ってる人間の一人だからな。金銭面で大分お世話になってる相手だし俺たちが持ってる情報が役に立つならいくらでも聞いてほしいところだよ。
さて、薪拾いと薪売りが終わって現在時刻はお昼前。気付けば午前中には籠一杯に木の枝を集めることが出来るようになっている。成長を実感できるのはやっぱり気持ちいいものだ。この気分のまま孤児院で妹とお昼ご飯と行きたいところだが、むしろ今日はここからが本番になる。
孤児院に戻って水浴びをし、汗を流した後に外行き用の服に着替える。流石に上流階級用のものではないが普段着ているボロ布とは比べるべくもないちゃんとした造りの服だ。これを普通に着れるようになるにはどれくらい稼げるようになる必要があるんだろうなぁ。
「やあ、よく来てくれたねタロゥくん」
「こんにちはダリルウさん」
綺麗なおべべに着替えた後、迎えの馬車に乗って城壁内へ。内街の中を馬車で通る事になるとは2か月前まで思わなかったが、これは別に俺が偉くなったとかじゃない。単に仕事の一つの福利厚生的なものだ。
仕事相手はロゼッタの父親、ダリルウ・イールィスさん。この街の支配者の一人、イールィス家の主人で商人とは思えない立派な体格の青年は、わざわざ屋敷の前まで出てきて俺を出迎えてくれた。
「お父様。迎えは私がしますといつも……」
「そういうなロゼッタ。私はこの一週間、この瞬間を待ちわびているんだ」
一緒に居たロゼッタが苦言を呈すがダリルウさんは聞く耳を持たない。まぁこの街の支配者の一人が孤児を門前で出迎えるなんて傍から見たら何が起きたのかって話だからな。ロゼッタの言葉は正しいんだが、お目目をキラキラさせたダリルウさんには通じないみたいだ。
そのまま屋敷の中へ通され、大勢の使用人が居並び頭を下げる中を屋敷の主人親子と歩いて食堂へ。この光景を見るのも数回目だが未だに見慣れない。なんなら前世でもここまで大仰に出迎えられたことはないぞ。
食堂へ通された後、食卓に座った父子の前でぺこりと頭を下げる。この世界の食事の配膳マナーなんかはイールィス家のシェフさんから色々教わっている最中でまだまだの出来だが、イールィス父子は気にしていないようだ。まぁ、気にする余裕もないくらいに早く食べたいって事なのだろう。
食卓の前に手をかざす。そして、毎週思い浮かべる前世の自分への謝罪を心の中で呟いた。
――すまん、前世の俺。俺はいま、金のために悪魔になっている。
「だします」
「うむ!」
「よろしくてよ」
心の中で前世の自分に手を合わせ、スキル夢想具現を発動。夢に何度も出てきたラーメンを、まずダリルウさんの前に出現させる。
そこに出現したのは丼に乗った小山だった。大量の豚肉と大量のもやしとキャベツで出来た小山に、ダリルウさんが感嘆の息を漏らす。一緒に出現したスープ受けのお盆にだらだらと垂れるスープなど目もくれずに、ダリルウさんは銀で出来たマイスプーンを握る。
ああ。また一人、俺は悪魔の沼に人を引きずり込んでしまった。ただただ胸にこみ上げる罪悪感を押し殺して無表情をつくり、俺はダリルウさんにぺこりと頭を下げる。
「ジローラーメン並盛ヤサイマシアブラマシニンニクヌキカラメマシです。ご賞味ください」
「うむ! うむ! 大変けっこう! 今日こそこの強敵を片付けてくれようぞ!」
「ちょっとタロー! こっちにも早く!」
罪悪感に押しつぶされそうになっていると、ロゼッタが声をかけてくる。おっといけない、まだ一仕事残っていたな。彼女の前に手の平を向けて、頭の中で夢想具現スキルを発動する。とはいえロゼッタの場合は流石にジローラーメンを食べさせるわけにもいかない。これは女子供が生半可な気持ちで手を出したら痛い目を見る代物だからな。
という訳でロゼッタには妹にも大好評なお子様ラーメンセット(とんこつ)を提供する。
「はい。とんこつラーメンお子様セットです。ご賞味ください」
「ありがと。この器が可愛いのよねぇ」
ロゼッタは妹と同じようにキャラものプリントの器が好きらしい。まぁこの世界だと可愛いものってなると結構限られちゃうからな。人形とか家畜くらいしか可愛がれないから、女の子がキャラものをありがたがるのも分かる気がする。
これも一つの商売のネタになるかもしれないな。食後にロゼッタに聞いてみよう。
と、さてさて。ここまでくれば俺が何をしているかは分かると思うが、要は出張デリバリーである。元々、俺の夢想具現スキルで一番楽に金が稼げるのはこれだと思っていたんだが、コボルト騒動までは余り表に出さない方が良いと思っていたから自重していたのだ。この世界、力がない奴には何をしても良いって空気があるからな。
とはいえ折角ある能力だからなにか有効活用しようと思っていた矢先にあのコボルト騒動が起きて、俺は庇護者の力を思い知った。レンツェル神父は本当の意味での実力者であり、この巨大な商業都市サニムでも指折りの人物である、と。そうなってくると話が変わってくる。虎の威を借りる狐じゃないが、レンツェル神父の庇護下にある内にガンガンスキルで稼いで力を蓄える方が効率的だと思い立ったのだ。要はタイパだ、タイパ。
とはいえ無関係なものにまで知れ渡るのは面白くないから、仕事は厳選してある。今も知り合いでありスキルの事を知っているイールィス家にしか行っていないしね。
貪る様に豚のえさげふんげふん。ジローラーメンを食べるダリルウさんとお上品な食べ方でラーメンを食べるロゼッタに視線を向ける。健康上の理由という事で週に1度だけ、昼時に食事を提供するようになって1月。この仕事の度に孤児院向けの食材と銀貨20枚を手にすることが出来ている。これは器も含めた金額だ。薪拾いなんて1年やっても稼げないくらいに利率の良い商売だが、気分は晴れない。
だって、ダリルウさんジローしか食わねぇんだもん。10年後彼に襲い来るものを予期してしまうと、素直に喜べねーよ……
もう一度心の中で前世の俺に謝罪をして、俺はこの屋敷の調理場に足を運んだ。シェフから調理師としてのマナーを教えてもらうのと、その対価に信力が回復したらラーメンを彼の為に出さないといけないからだ。シェフのお気に入りは塩ラーメン。調味料のごまかしが効かない、実力勝負なところが好みらしい。俺もそうだ。大好きだよ塩ラーメン。
ダリルウさんもその内、他のラーメンに目を向けてくれる日が来ないだろうか。精一杯の抵抗として彼の健康のためにも、週に一度のペースは崩さないようにしよう。3日に1回とかになったらもうその時は中毒になってるから自分じゃ制限できなくなってるのだ。ジローの恐ろしさを啓発していかなければ。
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ラーメン一杯の値段を銀貨20に修正しました。
@winter2022さん、のらねこ丸さん、@Nissanさん、すくすくさん、@paradisaeaさんコメントありがとうございます。
タロゥ(5歳・普人種男)
生力12 (12.9)
信力26 (26.3)
知力7 (7.1)
腕力7 (7.2)
速さ11 (11.8)
器用9 (9.3)
魅力6 (6.2)
幸運5 (5.3)
体力13 (13.1)
技能
市民 レベル1 (42/100)
商人 レベル0 (69/100)
狩人 レベル1 (22/100)
調理師 レベル1(33/100)
地図士 レベル0(8/100)
スキル
夢想具現 レベル1 (86/100)
直感 レベル0 (51/100)
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