過労同盟、転生する

 女神、のたまわく。


 ストレスの原因は最近の異世界転生作業の多さが主な原因だという。


 担当の日本人の転生も大幅に増えたのに、最近は他の担当がこなせないからという理由で、担当外の別世界の案件までが大幅に増えたらしい。


 さらに作業方法は旧態依然として変わらないことで仕事量が激増していると、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら語った。


 それらを存分に語った後、女神の悲しみは怒りに変わったらしく、今度は顔を真っ赤にしながら身内への不満を語り始めた。


「もうさ! 受付作業だけならまだしも! それが終わってから事務作業まであるのよ! しかも全部手作業! 何よ手作業の温かみって! なんで人間世界の方が自動化進んでんのよ!? しかも女神は寝なくても休まなくても死なないからって毎日毎日二十四時間働きっぱなしよ! 体は死ななくても心は死ぬってのが偉い神様にはわかんないのよ!」


「あーわかるー。それに加えてテレジアさんって接客業みたいなとこあるからストレス倍以上よねー」


 何もない白い空間で、向かい合って座り、ヤエは相槌を打つ。


「そうなのよ! あいつら自分の辛かったことだけ話して、挙句、辛かったんだからチートは大盛りにしろ、どうせ無料だろ? みたいなこと言ってくるの! こちとらラーメン屋じゃないのよ!」


 女神もラーメン屋を知っているのか。

 なんてヤエは思うが話の腰を折るべきではないから触れない。


「うんうん、わかるよ。私の職場もさ、この時代に書類は手書きだし、パソコンは骨董品でまともに使えないし、そのくせにやり方のルールが厳しくってさー。それに従わないと全部やり直しになってねー。それで昨日まで三徹だったの……辛いよね。わかる」


「うれじい……ほんと、話を聞いてくれて、この辛さをわかってくれるのはここ数百年でヤエさんくらいよう……大体死んでここにくる魂たちは辛かったことが多いから他人の話なんて聞く気もないのよ……」


 そう言ってふたたび咽び泣くテレジアの言葉に、ヤエの何かが反応した。


 死。


 魂。


 その言葉で。

 自分が死んだのだと、いきなり思い知った。

 わかっていたけど、わかってなかった。

 でも急に実感させられた。それに伴って死の記憶が一気によみがえる。


 刺されたような胸の痛み。

 机に突っ伏した時の安い金属音。

 握り潰されるような心臓の感触。

 もがいた時に床に落ちた文具の悲鳴。

 全部フラッシュバックした。


 ああ、過労死だ。


「そっか……私、あの時、死んだんだ……」

 はっはと息が荒れる。

 胸の前でぎゅうと握った拳は死の追体験による緊張で真っ白になっていた。


「あ、ヤエさん、ごめんなさい。つい調子に乗って私の話ばかり。ヤエさんも辛かったのに」

 ヤエの様子が変わったことに気づいて、テレジアが気遣わしげに肩に手を置いてくる。女神の手は優しさに満ちていて、ヤエは死んだことに対するショックが急に和らいだように感じた。


「うん、そっか、私、死んじゃったんだ。そりゃここにいるんだもん、そうだよね。三徹が日常みたいな会社にいたらいつか死ぬわね。でもあれね? テレジアさんの話を聞くと死ねたのはむしろラッキーだったかも……って思えるから不思議ね」


 終わりが来ない無限の労働。それはもはや地獄じゃないかと思うが、テレジア本人に面と向かっては口には出せない。


「ヤエさん! 私たち過労仲間ですね! すっごく気持ちわかります! ぜひ転生先ではのんびりしましょう! 話を聞いてくれたお礼に、私、気合い入れて、女神メガ盛りチートでお手伝いしますから!」

「のんびり?」

 のんびりってなんだっけ? 就職してからこっち馴染みのない言葉に戸惑う。


「そう、のんびり。スローライフ、リアル魂の洗濯ってやつですよ。ねえ、ヤエさん、のんびりっていっても色々ありますよ。目的はなににします? それに合わせたチートを選びましょ」

 テレジアの矢継ぎ早な言葉に少し意表をつかれながらヤエは考える。


「スローライフか、いいわね。のんびりの目的かー」

 小さくつぶやいてからそのまま言葉を継いだ。


「そうねー。前世は文字通り死ぬほど忙しかったから、転生後は森でスローライフとかがいいかなー? 畑とかやったりさ、木で何かをつくったりー」


「あーいいですねー! 森ですね、いいチョイスです。森だったら時間もいっぱいありますし、のんびりですねー。私に全部任せてください」


 そこから、テレジアはのんびりするにはこの能力がいいとか、生きていくにはこれは必須ですよとか、当初の塩対応はどこかに吹っ飛んで、とても親身になってくれた。同時にテレジア本人もとても楽しそうにしている。


 多分こっちがテレジアの本性なんだろうなと、ヤエは思った。

 やはり激務は魂を殺す。


 そんなこんなで、最後にヤエがカフェがやりたいだとか、美味しいものを食べることが大好きだったことを伝えると、テレジアは一瞬不思議な顔をしたが、すぐにそれに必要なチートを選び出し、これでヤエに与えるチートはすべて決定した。


「チートコード転写!」


 テレジアの言葉と同時に中空に現れた長い紙がヤエの手元におさまった。

 そこにはずらっとチートの名称と説明が記載されている。


 チートリストというらしい。


 渡されたチートリストは全部一気にはとても読みきれない行数で、十行ぐらい読んだところで体の中に吸い込まれた。


 どうやらこれでチートが身についたらしい。

 それを確認してテレジアはちいさくうなずいた。


「……これでいつでも転生できますよ」

 それはとてもさみしそうな言葉だった。


「うん……」

 ヤエもテレジアとの別れをさみしく感じる。短い間だけどこのままさよならするのは嫌だと思う。


 さっきまであんなに楽しそうだったテレジアと別れて、自分だけがスローライフに興じることにどうしても抵抗がある。


「どうか気をつけて。ヤエさん、あっちではのんびりしてくださいね」

 そんな迷いを察したように、テレジアはヤエの手を両手で包んで別れを告げる。

 その目は最初の時のように濁りはじめている。


 だめだ。

 このまま置いてはいけない。


「……ねえ、テレジアさん。思ったんだけど、一緒に行かない?」

「え? 一緒に?」

 濁った目が戸惑って揺れる。


「ええ、女神は死ねないって。ずっと働き続けるって。それって無間地獄と何が違うの?」

 ずっと言いたかったヤエの言葉に、テレジアはハッとする。


「確かに! ここは地獄だったのか!」

 目から鱗が落ちたようなテレジアの顔に思わずヤエは微笑んでしまう。

 だって、もう瞳がキラキラしているから。


「そうでしょう? 人間の魂を救ってる女神の魂が殺されてるってなんの冗談なのよ。だからね、私は転生者のチート希望ってことで、女神テレジアの身柄を要求するわ! できる?」

「うん、うんうん! それならできるわ! 確か近代の前例でもあったはずよ!」

 ヤエの記憶の中でも似たような話があったから提案してみたがやはり現実にも存在するらしい。


「できるのね!? じゃあ逃げましょうよ! 一緒に!」

「……でも……いいの? 邪魔じゃない?」

「もちろん! 私たち過労仲間じゃない!」

「ほんとに? いいの? 正直私もう何もしたくないから、転生したら完全にお荷物になるわよ?」

 テレジアは転生後ヤエに迷惑をかけることに尻込みして腰が引けている。


 ヤエは立ち上がって、そんなテレジアの手を強くひいた。


 テレジアもおずおずとその手を握って一緒に立ち上がる。

 そのままヤエはテレジアの肩をがっしりと抱いた。


 女神と人間はここに隣り合って並ぶ。


「これからは一緒にダラダラと生きましょうね、テレジアさん!」

「ええ! 私、ヤエさんと一緒にダラダラする!」

 そう言ったテレジアの瞳はとてもキラキラと光っていた。

「楽しみね!」

「はい! じゃあ! 早速いきましょう! 異世界トランスレーション!」


 テレジアの声で、二人の足元は一気に光り輝く。


 その光に包まれた二人は、一瞬で転生の旅路へと向かった。

 誰もいなくなった異世界転生ジャンクションはひどくシンとしていた。


 人間と女神の異世界転生はこれにて完了。


 過労で肉体が死んだ人間ヤエと、過労で魂が死んだ女神テレジア。


 二人は仲良く異世界転生を果たしたのだった。

 はたして転生先でのんびりとしたスローライフはおくれるのだろうか。


 それは女神テレジアすらも知らない。

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