森、転生
転生したら森でした。
ヤエの頭に浮かんだのはこんな言葉だった。
その言葉どおり、生まれ変わったヤエは森になっていた。
森。
それは木の集合体。林の上位。どこまでが林でどこからが森なのかは正確にわからないけれど。
そんなことなどどうでもいいほどに、ヤエの自己認識が自分を森だと言っている。
ヤエの視界には一面の木々が広がっている。かといって自分が森に立っているというわけではない。みえている木々そのものが自分だと見えている。
どうにも不思議な視界だった。
あまりのわけのわからなさに。
(ステータスオープン!)
異世界転生によくあるコマンドを頭の中で唱えてみると、どこかで見覚えのあるような画面が目の前に浮かんだ。
それはやっぱりステータス画面で。
その種族の項目には当たり前みたいに、森と記載されていた。
森が種族かどうかは大いに抗議したいところだけれど。
ヤエはひとまず同行したテレジアに事情を聞こうと口を開いた。
森に口はないけれど、不思議なことになんとか意思が声になった。
「テレジアさん! 聞こえる!? 私、森なんだけどー!」
視界にテレジアはいないが、なぜか存在は感じている。いるのはわかっている。
その感覚にしたがってどこにいるかわからないテレジアに意思を伝える。
「はい、森ですよー。よかったー。転生成功ですねー」
通じた。
やはりヤエの感覚は間違っておらず、テレジアは一緒に転生できていて、伝えようとした言葉もどうやら無事伝わったらしく、のんきな言葉が森の中から返ってきた。
その声色は異世界転生ジャンクションで聞いていた時よりも安らいでいる。
その声を聞いてやっぱりこっちに誘って良かったと、ヤエは安堵に胸をなでおろした。森には胸もないけれど、不思議なことに気分は落ち着いた。
だがしかし!
よかったのはそこまでだ。
テレジアに言葉が伝わったのはいいが、ヤエの抗議は全く伝わっていない。
つまりは転生先が森であることは全く解決していない。あまつさえテレジアは転生が成功だと言っている。
「ちょ、ちょっと待って!? 成功してないわよ! 私は森になってスローライフがしたかったんじゃなくて! 森に住んでスローライフがしたかったんだけどー!?」
「あ、そうだったんですか? てへ、しっぱいしっぱい」
ヤエの言葉にテレジアはどこまでものんびりと答える。
「テレジアさん!? それで済まないでしょ! もーどこにいるんですかー!」
この声を聞いていると、あやうく、まあいいかと思いそうになる気持ちを奮い立たせてヤエは抗議する。
「私ですか? ここここ、ここでーす。見えますかー?」
「ここって言われてもわかんないし、私、森だから動けないわよ。どこなのよー」
「えー。私は森の中にいますよう。森になったヤエさんなら森の中に誰がいて何があってどうなってるかは一発でわかるはずですよ。ほらほらちゃんと全体を見てみてくださいよう」
「ええ? そんなこともできるの?」
「もちろんですよう。だってヤエさんは森そのものなんですから。言ってしまえば、私なんてヤエさんの腹の中にいるようなもんですよう」
「いやな言い方するわね。いくら食べるのが大好きな私でも神は食べないわよ」
ヤエはテレジアに言われた通り、自分の全体を把握するようにして、そしてその森の全てからテレジアの気配を探ろうと意識した。
途端。
感覚がブワッと広がった。
視点は天高く上がって、森全体が見える。
今までは木をみていただけだった感覚が、一気に森を見ている感覚に広がった。
「すっごい! 全部見える!」
拡張された自己の感覚に感動して、ヤエから思わず感激の言葉がもれた。
しかも全体が見えるだけじゃない。
全体が見えていると同時に、森の木々の一本一本、下草、苔、落ち葉ですら、それが自分だと認識できる。全ての状態が認識できる。
「驚いたわ。人間の頃だってここまで自分の全部がわかることはなかったわよ」
生まれ変わった新感覚にヤエが感動していると、森の中からテレジアの声がした。
「ヤエさーん。私はここですよー。わかりますかー?」
その声に我に返ったヤエはテレジアを探す。本来は砂漠の中から一本の針を探す行為に近しいけれど、今のヤエにならそれが簡単にできる。
「えっと……テレジアさんは……っと」
自分の中のテレジアの気配。いわば異物を探す。それはすぐに見つかった。意識をそこへ向ける。
「あ、いたいたあぁ……って狸? なんで? テレジアさん狸に転生したの?」
ヤエの中で見つかったテレジアは、愛らしいもふもふとした狸になっていた。どうみても狸だけれどそれがどうしようもなくテレジアだと感じる。
間違いなくテレジアだ。
「ええ、そうなんですよう。私、実は大の狸好きでして、神をやってた頃はよくヤエさんの世界の動物園をのぞき見して癒されてたんですよう」
「だから狸になったの? って、いや、見るのとなるのは違うでしょう? 私も森は好きだけど、森になりたいとは思ってなかったわよ」
「そうですかあ? 違いますかねえ? 神から見たら狸も森も人も変わりませんからねえ。ま、どっちにしろ、もう元には戻れないし。私、狸になりたかったんで大丈夫ですけどねー」
すごく重要なことを言っている。
テレジアが戻れないということは、ヤエも戻れないということ。
「……なんか、なんとなく私が森に転生させられた理由がわかったわ」
人に見えて神は神。視点も思考も全く違うのだ。
なってしまったものは仕方ない。
森に転生したヤエは、森の姿でスローライフを目指すしかない。
ヤエは森として生きていくために、ここで気持ちを切り替えた。
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