女神と森の異世界転生スローライフ~大森ヤエは女神と森に転生してスローライフをおくりたかった~

山門紳士@穢れ令嬢メイベルシュート発売中

異世界転生ジャンクション

 大森ヤエが目覚めると、そこはなにもない空間だった。


 ただ一人、女性が立っている。


 ヤエに気づいているのかいないのかわからないがヤエを見ることはない。

 さらに言えばさっきからずっとため息をついていて。

 どうにも話しかけずらい雰囲気だった。


 とはいえ、ヤエにとってここは見覚えのない場所。

 なぜここに自分がいるのかもわからない状況なのだ。


 目の前に人がいるなら聞くしかない。


「すみません。ちょっとお聞きしたいんですけど……ここはどこですか?」


 おずおず問いかける。


 ヤエの声を聞いて、その存在に気づいたようで、目だけをヤエに向けた。

 でも視線は合わない。

 うつろな視線は見ることなくヤエを見ている。


 そんな薄い反応を返してくれた女性は、神々しい感じの白い衣装を着ていて、見た目は美しいけれど、目の下のクマがその疲労度を物語っていた。


 それを証明するように、ヤエをチラリとみている目はうすく濁っている。


 女性はそのまま機械のような動きで首が動かして顔をヤエに向ける。

 まるで軋む音が聞こえてきそうだった。


 相変わらず視線は合わない。


 そのまま数語、ヤエに向かって口を動かすが、それはヤエにとってただの雑音だった。


「すみません。ちょっと何言ってるかわかりません」

 そんなヤエの言葉に、軽くため息をついた女性が、言語をチューニングするように、はくはくと口が動かすと、数語でヤエが理解できる音になった。


「あ、わかりました。ありがとう」

 ぺこっと頭を下げたヤエを濁った目で見た女は、ヤエの礼に対してなんのリアクションも取らず、そのままの姿勢で急に勢いよく話し始めた。


「はーい、異世界転生ジャンクションによーこそー。案内は私、第三千飛んで五十位階の女神テレジアとなりまーす。異世界転生のお供にチートはいかがですかー? 今ならチートとドリンクがついた異世界転生セットがお得となっておりますー」


 死んだ瞳と、だらりとした姿勢と、神々しい衣装と、定型文じみた口上。


 その全てがチグハグで、その口上も恐ろしいほどに棒読みだった。

 しかし、そんな口上の中に、ヤエにも聞き覚えのある単語があった。


「えっと……いま異世界転生って言いました?」

 激務で忙しいヤエの唯一の趣味、読書の中にそんな話があって。最近はそんな話ばかり読んでいた。


「はーい、そーですー。貴女は死にましたー。前世で幸福の総量が少なかったため特別措置でこの異世界転生ジャンクションにて異世界に転生できまーす。迷われるようなら私の方で見繕ってお送りするお任せセットがおすすめでーす。はいかしこまりましたー。じゃあこれとこれで行ってらっしゃーい」


「待って待って! お任せしない! しないから!」

 投げやりに自分を転生させようとする自称女神をヤエは必死で止める。


「はーそーですかーやっぱかーまたかーもーめんどくさー」

 すると、女神は投げやりにそう言って、どさりと地面に座り込んだ。


「うわ! ついに本音言い出した!」

 ヤエから見ても、やる気がないんだろうなとは思っていたけれど、ここまであからさまに出してくるのはすごい。


「そりゃそうよ! 疲れてるわよ! こんな仕事やりたくないのよ!」

 倦怠感丸出し状態から、女神テレジアはだだっこのように両手で床を叩き憤慨する。そのあまりの勢いにヤエは大きく後ずさり、その様子を伺いながら声をかける。


「あなた、女神様、なのよね? その割にはすっごく疲れてるじゃない? どうしたってのよ。なんでそんなになっちゃってるの? 私でよければ話、聞こうか?」


 話聞こうか?


 その言葉に。

 テレジアの瞳が戸惑ったように泳いだ。


 そしてその視線は泳いだ後にヤエに向かい、そこで初めて視線が合った。


「え、話? 聞いてくれるの? ほんと?」

「え、ええ。貴女、すごく辛そうだし、聞くわよ」

「ぼんどに良いの!?」


 そう言った後。


 女神は堰を切ったように泣き出した。

 そのあまりの涙の量は、ヤエがゲリラ豪雨の原因はこれかもしれないなどと考えてしまうほどだった。


 その涙が押し出すように。


 女神テレジアは一気に自分の不遇を語り出すのだった。

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