三章 吉報の受け取り方
レイラの目覚めを祝して、ポピーは少し昼食を豪華にした。
ドクダの森を流れる河で獲れた魚を酒で蒸し焼きにし、穀物を煮込んでスープも作った。
「シフキさん、食材こんなに使ってよかったのです?」
「アンタには治療の手伝いもしてもらったし、このくらいはね。
……それに、宮仕えが本気で作る料理も見てみたかったから」
「じゃあ腕によりをかけるのです!」
厨房で仲良く話すポピーとシフキを、アズラエラは遠目に観察する。
「アズラエラ、どうしたの?」
「ポ、ポピーさんがシフキにイジメられてないか、か、監視してます。ヤツは悪いヤツなので……」
「そうなの?」
「はい」
そのような様子は無さそうだと思いつつも、アズラエラとシフキの仲を何となく察したレイラは、しばらくそのままアズラエラを泳がせた。
「ぎゃっ!」
「アズラエラ、どうしたの?」
「め、めめ、目が合いました……」
怯えるアズラエラを優しく撫でながら、レイラもシフキを見やる。
そこでレイラも、シフキと目が合った。
いや、レイラがシフキと目を合わせた。
(あぁ……見ていたのは私なのね)
牽制まじりに笑顔を向けると、軽く会釈だけして目線を逸らされた。
ポピーと会話を弾ませつつ、シフキはレイラのことを観察していた。
目が覚めて以降、特に調子の悪い様子もない。
(私の見立てでは、あと2日は早く目を覚ますはずだった。
どこか他に患っているのかと思ったけど、そんな様子もない。……長旅で消耗していただけ?)
視界の端で勝手に怯えているアズラエラにイライラしつつ、レイラを眺めていると不意に笑顔を向けられる。
優しい眼差しのはずなのにどこか圧を感じる微笑みに、とりあえず会釈だけ返して視線を逃がした。
(……まあ、あれだけ元気そうなら問題はないでしょ)
必要以上に詮索することはなく、となりで楽しそうに料理するポピーの話し相手に戻った。
シフキの心配を他所に、レイラは完全に復調していた。
アズラエラとマリーに挟まれ、二人の頭を撫でながら自身が意識を失っている間の出来事を整理する。
「ということは、追手は既に壊滅しているのね」
「はっ。連中の隊長が事故死したおかげで、攻勢の機を得ました」
「だとしても、歴史に残る大勝よローガン。本当によくやってくれました」
「身に余るお言葉です、殿下」
「アラン、イーサン、ウィル。みんなもありがとう。何よりひとりも欠けることが無かったことが嬉しいわ」
「有り難き幸せです!殿下!」
その日の昼食は、レイラの回復と追手殲滅の祝勝を兼ねた豪勢なものになった。
久々の明るいニュースの連続に、近衛たちも少々浮き足だっていた。
「今日はお祝いなのです!たくさん作ったのです!」
「ありがとう、ポピー。みんな、いただきましょう」
食前の祈りを済ませ、レイラの音頭で乾杯する。
見たこともないほど豪華な料理が並び、シフキは思わず一度確認した。
「これ、アタシもご相伴に預かって良かったの?」
「レイラ様の御命が助かったのはシフキさんのおかげなのです!ぜひ食べてほしいのです!」
「そう……なら、遠慮なく」
談笑しながらの食事に慣れないシフキとアズラエラは、とりあえずお互い喧嘩にならないように席を離して料理に集中する。
食卓はレイラを中心にして、お調子者の近衛騎士アランが主に盛り上げていた。
「何より喜ばしいのは、殿下のお目覚めに吉報が間に合ったことだな!」
「うむ。馬を走らせた甲斐があった」
「本当に驚いたわ。私が眠っている間にそんなことになっていたなんて」
酒が回って浮かれ気味の近衛たちを微笑ましく眺めながら、レイラは嘘をつく罪悪感をスープで飲み下す。
実は、レイラは2日前に一度目を覚ましていた。
あの雨上がりの朝、レイラは目覚めの直後に部屋の外へ聞き耳を立てていた。
「殿下の容態はどうだ?」
「まだお目覚めになっていない」
「そうか……シフキ殿の話では、そろそろ意識を取り戻される頃合いだが……心配だな」
「うむ」
「なれば、我らがやるべきことはひとつだ。
殿下のお目覚めまでに追手共を撃滅し、吉報をお届けすること」
「然り。不安の種は先に摘んでおくに限る」
近衛たちの話し声からおおよその事情を察して、レイラはその先の展開を思考する。
(……まだ、寝ていた方が良さそうね)
こうして、レイラの目覚めは実際より2日ズレることになった。
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