三章 その手のひらで誓わせる

 昼食に舌鼓を打ちながら、レイラはアズラエラとローガンの様子を観察する。


アズラエラが食卓についたのは、シフキと可能な限り遠い対角線上の、さらにローガンの隣。


乾杯のとき、アズラエラはローガンと小さく杯を鳴らした。


まるで互いの隠された働きを労うように。


(……やっぱり、二人は動いたのね)


気絶していた間のことを、レイラはほとんど見抜いていた。


否、ほとんどレイラが




 舟の上で意識を失う直前、レイラはアズラエラとローガンの手を取って名指しで今後を託した。


それはアズラエラとローガンそれぞれに言ったようにも、二人で協力するように促したようにも受け取れる。


実際に、アズラエラとローガンはレイラの言葉を後者で解釈していた。


よってアズラエラはローガンに指示を仰ぎ、ローガンもアズラエラを計画の内に入れて企てた。


 しかしながら、アズラエラとローガンがまではレイラが操れるものではない。


ただ、ローガンならアズラエラとだろうと考え、密かに布石を打っていた。


 まず、アズラエラの占いについて根掘り葉掘り尋ねていた。


それも近衛隊の、厳密にはローガンの目の前で。


アズラエラの占いがどんな方法で、何が必要で、どこまで予知できるのか。


ありったけの情報をローガンの耳に入れることで、彼にアズラエラの戦術的運用のヒントを出し続けた。


 そして、普段とは違う占いの使い方をやってみせる。


これはアズラエラへのヒントだった。


アナタの占いは、他にもこんな使い方がある。


それを見せつけて他の可能性を探らせる為に。


 レイラは、人々がそれぞれ違う視点を持っていることを熟知していた。


それは考え方の差異であり、モノの見方の差異であり、即ちモノの使い方の差異である。


アズラエラ自身やレイラに思いつかない占いの使い方を、違う立場であるローガンなら思いつくはず。


そしてそれは、高い確率で戦争に役立つ使い方である。


 こうしてレイラは、気絶しながら邪魔者を排除した。




 そうとは知らずにパンを頬張るアズラエラを眺めて、密かに自己嫌悪に浸る。


(全ては私の眠った間の出来事。

追手の隊長を謀殺したことが誰にバレたところで、私の手は綺麗なまま……ね。

本当、酷い女。)


 本心では、レイラは自分が彼ら彼女らの忠誠を捧げられるような人間だと思っていない。


しかし王家の血脈を残すためには、その忠誠心を一手に集め、維持する必要がある。


その為の権謀術策をめぐらせる己が才能に嫌悪感を抱きつつ、生き残る為に頼らざるを得なかった。


「……姫様?」


心配そうに覗き込んでくるアズラエラに対して、レイラは咄嗟に笑顔を繕う。


「なぁに?アズラエラ」

「い、いえ、あの、何か考え事をなさっているようだったので……」

「あぁ。たくさん料理があると、どれを手にとるか迷っちゃって……

アズラエラはそのパンが好きなの?」

「ひゃっ、ひゃい!あの、好き、というか、

初めて食べたのですが、ふわふわしてて、その、今まで食べたパンで一番美味しい、です……」

「それは良かったわ。じゃあ……

アズラエラ、口を開けて?」

「?は、はい」


言われるがままに口を開けたアズラエラに対して、自分の食べていたパンをひと口ちぎって食べさせる。


驚いて思わず口を閉じたアズラエラの唇を、

そっと指でなぞってから手を離す。


「ささやかだけど、ご褒美。おいしい?」

「お……おいひい、です……」


まるで口づけでも交わしたように頬を染めながら、アズラエラは呆然と返事を返した。



 これはご褒美という口実の、アズラエラへの贖罪。


たぶらかし、たらし込み、愛して愛させて、手のひらの上で操ったことへの贖罪。


しかし、レイラはその罪をひとつ贖うごとに、

またひとつ罪を重ねていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る