三章 朝露の中、目を覚ます
その日の朝は、少し肌寒かった。
つい先程まで降っていた夜雨が空気を冷やしたからだろう。
雨上がりの森は濡れた土の匂いが漂い、それに鼻をくすぐられてレイラは目を覚ました。
「うぅん……あれ?ここ、は……?」
柔らかいベッドの上。
周囲の器具を見るに、どこかの医者の家だと察する。
ともかく上体を起こして、寝ぼけた眼を擦った。
「私、生きてる……」
傷口は綺麗に塞がれて、身体に麻痺もない。
自身が一命を取り留めたことを、レイラはうっすら残る傷痕を撫でて確かめた。
レイラを寝かせていた部屋の扉が開く。
そっと顔を覗かせるアズラエラを見て、レイラは声をかけた。
「アズラエラ……おはよう」
「ぴゃっ!!!!!!!」
眠っているものだと思い込んでいたアズラエラは短い奇声をあげてひっくり返った。
デジャヴな光景に今際の魔女の森で会った時を思い出して、レイラは思わずクスリと笑う。
「まだ寝てた方が良かったかしら?」
「そ、そそそそ、そそそそんな、わ、私めは」
「ふふっ、いいのよアズラエラ。
ごめんなさい、ちょっとイジワルだったわね」
転げたまま慌てふためくアズラエラに、レイラは歩み寄って頭を撫でる。
撫でられるがままにアズラエラは俯いて、
次第に黙り込んでしまった。
「……アズラエラ?」
「姫様……もう、何ともないんですか?」
「えぇ、もう元気になったわ。ありがとう、アズラエラ。みんなのことを守ってくれて」
「姫様……姫様……姫様ぁー!お目覚めに、なって、グスッ、本当に……!」
突然泣き出したアズラエラに一瞬驚きつつも、
そっと抱きしめて胸を貸す。
ずっと耐えていたのだ。
レイラが気を失ってから、今の今まで。
涙を目に浮かべることはあれど、溢すことなく、歯を食いしばって。
自身の命令で課した重荷をようやく降ろしたアズラエラの涙を、レイラは贖罪の意を込めてその胸で受け止めた。
ひと通り泣き終わって、ようやくアズラエラは我に帰る。
「はっ!あっ、はわっ、ああっ、姫様!これは、その……」
「あら、もう大丈夫?」
「だ、だだだだ大丈夫でしゅっ、です!そ、そうだ!マリーさんたちもお呼びしないと!」
顔を真っ赤にしながらワタワタと駆け出すアズラエラを、クスクスと笑いながらレイラは見送った。
数秒後、マリーを先頭に近衛たちが雪崩れ込んで来る。
「殿下ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!お目覚めに、お目覚めになったのですね!」
「マリー、心配かけてごめんね」
「殿下!私が、私がもっとしっかりしていれば!殿下に傷ひとつ負わせなければ……」
アズラエラに続いて涙を流すマリーのことも、
レイラは歩み寄って抱きしめる。
「殿下ぁぁぁぁぁぁ!うあぁぁぁぁぁぁぁ!」
幼少より姉妹のように育った間柄のマリーは、
アズラエラよりも遠慮なくレイラに泣きすがった。
レイラの目覚めをひと通り全員が喜び終わるタイミングを見計らって、後方からシフキは声をかけた。
「……そろそろ、患者の容態を見て良いか?」
「こ、これはシフキ殿!失礼した!」
近衛たちが道を開け、シフキはレイラの元に歩み寄る。
「調子はどう?気分が悪いとかは?」
「えぇ、すっかり大丈夫。アナタが、私を治してくれたの?」
「まあ、ね。とりあえず、無事なようでなによりだよ」
「シフキさん、と言うそうね。ありがとう。
おかげで助かったわ」
王族特有の気品溢れる礼に、シフキは珍しく少し怯んで頭をかく。
「い、医者として当たり前のことをしたまでよ。それより、そう。ポピーも呼んでくるね。あの子、ずっと甲斐甲斐しく看病してたんだから」
逃げるように去っていったシフキと、入れ替わりでポピーもレイラの部屋へと駆け込んだ。
「レイラ様!おはようございますなのです!」
「えぇ、おはようポピー。ずっと看病してくれていたのね。ありがとう」
「えへへ、レイラ様の侍女として当然なのです。
さあ!レイラ様がお目覚めになったことだし、
お昼ご飯にするのです!」
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