三章 斬首作戦の効果

 ローガンとアズラエラの必殺占術により、追手部隊の隊長ゴダンは始末された。


そしてこの作戦の真に恐ろしい点は、標的を確実に仕留められることではない。


むしろその後だった。


「お、おかえりなさい。ローガンさん」

「ただいま戻りました、アズラエラ殿。

お陰様で無傷で生還できました。

この様子を見るに、まだゴダンの死を連中は知らないようですな」

「う、上手くいきましたね!」

「アズラエラ殿のご協力あってこそです」


敵に追われることもなく、平然とローガンはレイラたちのもとに帰ってきた。


そう、この必殺占術は標的を確実に殺すだけではない。


暗殺という危険な任務に付きまとう実行役の死のリスクを、アズラエラの占いで確実に回避できるのである。


 寡兵で大軍を相手取る必要がある近衛隊にとって、人数を減らすことなく攻勢に出られるこの戦法はまさに値千金だった。


「さて、後は殿下の御目覚めをゆっくり待つと致しましょう。

その頃には、此度の斬首作戦の効果も出てくるはずです」

「は、はい!ローガンさん!」


王家の懐刀ローガン将軍と、今際の魔女アズラエラ。


後の歴史家たちが口を揃えて

"同じ時代、同じ陣営に居たのは神の悪戯"

と評する謀殺コンビ誕生の瞬間であった。




 追手部隊がゴダンの死を知ったのは死後5時間が経過した時だった。


ひとりで出歩いた後、いつもなら戻ってくる時間になっても一向に姿を見せないゴダンが心配になり、側近たちが村を捜索して死体を発見したのである。


すぐに村の出入り口を封鎖して犯人を探したが、その頃ローガンは既にレイラたちのもとへ帰還していた。



 こうして隊長のゴダンを失った追手部隊は、

瞬く間に崩壊の一途を辿ることになる。


まず、行動の指針が定まらない。


寄せ集めの部隊をまとめるために、ゴダンは自身に指揮権を一元化していた。


つまり、ゴダンの代わりに指揮を執る人間が居ないのである。


通常なら次に位の高い兵士が隊長の代理を務めることで隊の秩序を維持するのだが、反乱軍は元々寄せ集め故に明確な序列がまだ定まっていなかった。


更に隊長の後釜を狙う者たちが名乗りをあげ、各々勝手に指示を出し始めたことで混乱は加速する。


兵力を分散してレイラを探そうとする者、

隊長の生前の指示に従い村に残ろうとする者、

一度王都に戻り立て直そうとする者、

混乱に乗じて兵士を辞める者。


方針の違いは派閥を生み、仲間同士の対立に繋がる。


 それに追い打ちをかけたのが、補給物資の問題である。


追手部隊が今いる村は、王都からの補給が望めず現地で買い取ることで補給している。


即ち数に明確な限りがある。


自然、派閥間で物資の取り合いが発生してしまった。


補給物資、特に兵糧を取り合っては争いになるのが必定。


結果として派閥同士で兵糧を奪い合う内乱に発展する。


およそ300人ほど居た追手部隊は、内乱により半数以上数を減らした。



 その様子を、ローガンは見逃さなかった。


近衛隊の中で最も潜入に長けた変装の達人ウィルに追手部隊の混乱を観察・報告させていたのである。


「ローガン様。敵は王都に引き返した者が20人、4・5名ずつで我々を捜索し始めた者が60人、例の村に残った者が40人です」

「ご苦労様です、ウィル。それでは攻勢に転じるとしましょう」


ローガンはマリーをレイラの護衛に残し、他3人の近衛を連れて各個撃破に向かう。


まずは予め借りておいた馬で、王都に引き返した20人に追いついて夜襲を仕掛け殲滅。


追手部隊と王都に残る反乱軍を完全に分断する。


続けて分散した兵力を虱潰し《しらみつぶ》に削っていく。


そうして河辺の村に残った40人と兵士を辞めた数名を除く80人近くをたった4人の近衛隊で撃退せしめたのである。


 出陣当初500人いた追手部隊は結局40人にまで数を減らし、その40人も指揮官を失って戦力を喪失。


まさに歴史的な殲滅事例となった。



 これが後のカザーニアの兵法書に指揮系統の重要性を示す事案として名を残した【ゴダン部隊斬首事件】である。

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