三章 必殺占術

 ゴダンの死亡を、アズラエラは占いで確認していた。


「ローガンさん……成功したんだ。良かった……」


ローガンの生還も占いで確認し、ひとまず作戦の成功に安堵する。


その呟きを、背後からシフキに聞かれていた。


「おい、ひとり言がうるせぇよナメクジ」

「ゲッ!シシ、シフキ……何の用ですか?」


 いつものオドオドとした様子で悪態をつきながら、アズラエラは振り返る。


それを見て、シフキは大きく目を見開いた。


思わず息を呑み、それを悟られないように短く深く呼吸を整える。


「……アズラエラ。お前、いつの間に人を殺した?」

「……どうして?」

「目ぇ見りゃ分かるんだよ。お前は人殺しの目になってる」


シフキにそう指摘されて、アズラエラは思わず自身の目をゴシゴシと拭う。


占いで使っていた鍋の水面に自分の表情を映して、クマのできた目元を見て力無く笑った。


「どうしよ……姫様には、バレないようにしなきゃいけないのに」

「そんなことはどうでも良いんだよ。

質問に答えろ。ずっとアタシの家にいながら、

誰をどうやって殺しやがった?」



シフキは努めて冷静に尋ねる。


目の前のアズラエラが、得体の知れない何かになっていることにシフキは気づいていた。


だからこそ、シフキは冷静になる。


それが予期せぬ事態を目の前にしたときの、

彼女の癖だから。


「姫様には……」

「秘密にしろってんだろ?分かってる」


被せ気味の返事に苦笑しながら、アズラエラは重い口を開く。


「今、姫様は意識を失われている。ここを狙われたら一溜まりもない。

それは私めも、ローガンさんも同じ意見だった」


アズラエラは、ローガンに自分を遠慮なく使うよう進言した日のことを思い返した。





 アズラエラの覚悟を確認して、ローガンは優しい笑顔を浮かべる。


「分かりました。アズラエラ殿にはある男の死を占っていただきたいのです。

その男の名はゴダンと言います」

「ゴダン、さん……って、どなたですか?」

「殿下の御命を狙う追手部隊の隊長です」


 それを聞いて、アズラエラの表情が強張る。


そしてローガンの肩を背伸びして掴み、目に涙を溜めながら訴えた。


「さささ、さっきの"さん"付けは訂正させてください!

そんなカス野郎に"さん"とか"どなた"とか言ってしまったなんて、じ、じじ、自分が恥ずかしいです!」

「落ち着いてください、アズラエラ殿。

貴女の殿下への忠誠心は我々も知るところです。

こちらこそ後出しになってしまい申し訳ない」


ある程度荒ぶって落ち着いたのか、アズラエラは占いを始めながら話を進める。


「ところで、どうしてそんなヤツを占うんです?」

「殿下がアズラエラ殿の占いを国王陛下の生存確認に使われたとき、私は別の使い方を思いつきました。

アズラエラ殿は、名前が分かっている者の死を予知できる。

たしか、死ぬ時間と場所、そして死因が分かるのでしたな?」

「はい。いつどこでどうやって死ぬかは分かります……あっ、コイツあと10年も生き残りやがるんですね」


レイラの命を狙う相手とあって、露骨に嫌悪感を見せるアズラエラに、ローガンは思わず笑いそうになる。


それと同時に、思い描く作戦に同意してくれそうだという確信も得た。


「そして、占いを基に我々が行動を変えれば、

死の定めは書き換わる……。

つまり、死の定めを早めることも可能ではないでしょうか?」

「死の定めを……早める?」


全く盲点だった発想に、アズラエラは占いを中断して顔を上げた。


「私がゴダンの抹殺計画を立てます。

アズラエラ殿には、その計画でゴダンが死ぬのかを占い直していただきたい。

もしそれで死なぬようでしたら、新たな計画を立て直します。そして再び占い直します」

「まさか、それを繰り返せば……」

「ええ、理論上は至るはずです。


成功が確約された抹殺計画に」




 今際の魔女には、占いしかなかった。


人の死を予言できるだけの占い。


それは人々にとって不気味なものでしかなかった。


今際の魔女の占いは人を殺す占いだと勘違いされていた。


ある日、レイラを救うために占いを使い、神の定めを上書きすることで、

今際の魔女の占いは人を救う占いに姿を変えた。


そして今、レイラを救うために再び新たな側面を得る。


今際の魔女の占いは、

今度こそ人を殺す占いに相成った。

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