三章 追手部隊の勝機

 これまで徹底的に躱すことで罠に嵌めていた追手部隊の隊長ゴダンが、とうとう己の嵌った罠に気づいてしまった。


幾度となくレイラを追い詰めてきた恐怖の部隊が、再び動き出す。


「魔女だ!魔女を雇わねば!この不利を早く解消し、再び情報戦の均衡を戻さねば!」



この追跡劇において、魔女の存在は勝利の必須条件だった。


逃げるレイラたちは何らかの魔法で追手部隊や雇っていた魔女を騙し、逃亡を有利に進めている。


魔女を雇ったところで情報戦の土俵に辛うじて乗る程度だが、魔女がいない現状は土俵にすら立てない。


一刻も早く、より強い魔女を。


そう思考するゴダンの脳裏には、あの大魔女コーディアの姿が浮かんだ。


 コーディアのことを信じるなら、今際の魔女の森にてレイラ姫の側についていた魔女を一度罠に嵌めている。


つまり、現状名の知れている魔女の中で、

レイラ姫を仕留める可能性が一番高い魔女ということだ。


「しかし、奴とは既に決別してしまった。

再び雇い直すことなどできようか……」


 よりによって、ゴダンは彼女を一度殺そうとしている。


再び雇いたいと言ったところで、コーディアが首を縦に振る義理はない。


「あの乞食はどうだ?あの時以上の金額を積めば……いや、それも厳しいか」


 思い返せば、ゴダンはロウジィのことも無体に扱ってしまった。


いくら今日食う金にも困っている乞食でも、

再び味方に出来るとは思えない。


加えて、ロウジィは敵方の魔女に騙されたことに気づいた様子もなかった。


魔女同士の戦いに慣れていないということである。


「だが、他の魔女を今から探すにしても……ぐぬぬ……」


国内の魔女はそれほど多くない。


そもそも魔女を探す余裕があれば、

その余力でレイラたちを探し出せるはずである。


「……やはり、大魔女コーディアしかない。

幾ら積んでも、いくら頭を下げ、靴を舐めることになろうとも、雇い直す他ない」


もはや背に腹は変えられない。


プライドも金も全て投げうってでも、コーディアを雇い直すしか追手部隊の勝機はなかった。


 裏を返せば、コーディアさえ雇い直せば勝機はある。その確信がゴダンにはあった。


「我々の部隊にはアイツが居る。アイツとコーディアが組み、それをオレが指揮すればレイラ姫を仕留められる!

急がなければ!手遅れになる前に!すぐに出立の準備を!」


 ゴダンは踵を返して、急ぎ兵たちの元へ駆け出した。





 その男の名はゴダンと言った。


反乱軍追手部隊の隊長であり、烏合の衆を統率する指揮能力を持った将校。


本来の神の定めでは、コーディアと手を組み、

今際の魔女の森にてレイラを殺していたはずの男。


レイラを死に至らしめる部隊の隊長が、再びその条件を満たそうとしていた。


レイラに再び死を呼ぶべく、動き始める運命の流れ。



――その流れに、



 追手部隊の元に戻ろうと駆け出したゴダンの口を、突如布が覆った。


思わず吸ってしまった息には、布に染み込ませていたであろう水の湿気が混ざる。


むせ返る呼吸を寸断するように、直後ゴダンの喉は掻き切られた。


「ガッ……はっ……」


何が起きたのか理解する前に、急速に意識は遠のいていく。


視界の端に映った見覚えのある顔。

レイラを巡って幾度となく戦った男の顔。


「ロー……ガン……?なぜ、ここに……」


ゴダンの言葉は声になる前に、穴の空いた喉から血液となって溢れた。

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