三章 その手のひらに誓う
失血死の危機を乗り越え、ひとまず窮地を脱したレイラ。
まだ意識は戻らないが、奇跡的に一命を取り留める。
目を覚ますまでシフキの家に匿ってもらうことになり、雨風を凌ぐ環境も整った。
これでようやく、次の脅威に備えることができる。
すなわち、レイラがどのように命を狙われるのか。
「アズラエラ殿。ここに居られましたか」
レイラを寝かせていた寝室で、アズラエラはレイラの傍らで見守っていた。
そこに入ってきたローガンに、アズラエラは静かに会釈する。
「殿下のご様子はどうですか?」
「えっと、その、だいぶ、顔色が良くなった、と、思います」
「そうですか。シフキ殿とアズラエラ殿のおかげですな」
「……いいえ。今回、私めは何も出来ませんでした。何も……」
ご謙遜を、と言いかけて、ローガンは言葉を飲み込む。
アズラエラの瞳に溜まった悔し涙が、視界に入ったからだ。
老境に入り、後進を指導する立場のローガンは何度もそれを見てきた。
この手の涙に下手な慰めは意味がない。
話題を変えるため、アズラエラに会いにきた本題に入ることにした。
「アズラエラ殿。次なる殿下の脅威を確認したいのですが……」
「あっ、あの、えっと、それならちょうど占ったところです。1週間後、河を下った先のメルテールという港町で船を沈められます」
「なるほど、では海路は避けるべきですな。陸路で計画を立て直します」
一礼して部屋を出ようとしたローガンを、アズラエラは慌てて引き止めた。
「あっ!ろろ、ローガンさん!その……お話が、ありまして」
「アズラエラ殿が私に話とは、珍しいですな。どうされましたか?」
「えっ!?あっ、それは、その……」
呼び止めておいて戸惑うアズラエラに対し、静かに続きを待つ。
自分のペースで話をさせてもらっていることに気づいたアズラエラは、その厚意に報いるために深呼吸で動揺を鎮めた。
「あの……私めを、もっと遠慮なく使ってください!」
「アズラエラ殿を?」
「は、はい!その、えっと、私めも、もっと、お役に立ちたくて。でも、私めには、占いしかないから……
だから、えっと、せめて占いで、他にもお役に立てれば……」
「他にも、ですか……」
「はい。ひ、姫様は、私めの占いを王様の生存確認に使われました。
それで思ったんです。私めの占いには、まだ他の使い方があるのではないか、と……」
「なるほど……」
考える素振りをするローガンの表情を伺う。
その落ち着いた様子を見て、アズラエラの中で予感は確信に変わった。
「ローガンさん……もう何か思いついてますよね?」
「……そう見えますか?」
恐る恐る頷くアズラエラに一瞬微笑みを見せたローガンは、直後鋭い目つきになってアズラエラを見据える。
空気の変化を肌で感じ、アズラエラは思わず一歩下がった。
「……アズラエラ殿」
「は、はい」
「今から私が提案することは、殿下の為ではありますが殿下に知られてはなりません。
当然、殿下のお褒めを賜れることもありません。
……それでも、やりますか?」
刺すような視線、脅すような声で尋ねられ、アズラエラは一瞬狼狽する。
普段優しいローガンがここまで凄むのだ。
ここから先、一歩踏み出したら引き返せない。
彼はそう警鐘を鳴らしている。
泳いだ視線が、静かに眠るレイラを捉える。
躊躇いかけた心が、グッと踏み止まった。
アズラエラはレイラの手を握る。
王宮で道に迷った自分を導いてくれた手。
誰との繋がりもなかった自分を仲間に引き入れてくれた手。
その手のひらに、アズラエラは誓いをたてる。
この温もりを守る為に、もはや手段は選ばない。
「……やります。姫様を守る為なら、今際の魔女の名にかけて!」
決意と共に、アズラエラはレイラの手を離した。
「分かりました。アズラエラ殿にはある男の死を占っていただきたいのです。その男の名は――」
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