二章 錬血の魔女
治療の邪魔にならないように、アズラエラたちがシフキの家から追い出されて1時間。
近衛たちがソワソワし始める一方で、アズラエラだけは珍しく落ち着いていた。
「……魔女。お前はずいぶん落ち着いているな」
「えっ!?あっ、ご、ごめんなさい」
「いや、責めてるのではなく……」
レイラへの心配が勝ってか、マリーもいつものキレがない。
結局、マリーの言わんとしていることを察したローガンが代弁する。
「おそらく、マリーはアズラエラ殿がここに来て一度も占いをしていないことが気になっているのでしょう。
今までは頻繁になさっていましたから」
「……そういえば、そうですね」
指摘されて初めて気づいたかのように、アズラエラは生返事で返した。
「大変屈辱的なことですが、シフキに任せた以上この場はどうにかなると思ってしまいました」
「医術の腕を信用しているから、か?」
「それも理由のひとつですが……姫様がお倒れになった原因が出血なら、シフキに任せるのが最適解だからというのもあります。ヤツは絶対に姫様を救える」
まるで壁の向こうを透かして見ているかのように、シフキの家の方を見やる。
「ヤツの通り名は"錬血の魔女"。世界で初めて、人の血を錬成する術を編み出した魔女ですから」
* * *
レイラの傷口から掬うようにして、シフキはごく少量の血液を採取した。
それを基に水の成分を変えて血液に近づけるという。
「血って、作れるのですか?」
「普通は無理だけど、アタシなら出来る。
それがアタシの魔法なんだ。人の血液を複製する魔法。作り方は内緒だけどね」
小指を採取した血液に触れさせて、それを口に含み、味を参考に目分量で薬草の汁や薬を水に溶かして混ぜていく。
徐々に水は赤く染まり、血液に成り始める。
「お姫様は今、血が足りなくて死にかけてる。
それを助けたいなら血の量を増やせばいい。
この上なく簡単な理屈だ」
「そ、そんなことができるのですか……!」
「そのための複製した血液だ。さっき、サンプルを採るためにお姫様から少し血をもらっただろう?
今度はその逆をすればいい。血液の流れる器官……血管って言うんだけど、そこに複製した血液を少しずつ足して血の総量を戻すんだ」
興が乗って詳しく説明し始めるシフキに対して、ポピーは終始ポカンと口を開ける。
この世界、この時代にまだ輸血という治療法は存在しない。
そのため、平民出身で勉学に触れたことのないポピーに限らず、この場で彼女の話す内容を理解できる人間はいなかっただろう。
そうして呆然とするポピーに気づき、説明は中断された。
「まあ、とにかく始めよう。飲ませることはできないから、コイツを使う」
シフキが取り出したのは、細い管状の針がついた道具。いわば注射器である。
「コイツの中に複製した血を入れて、お姫様の血管に直接流し込む。
体内の血液量が戻れば、そのうち目を覚ますよ」
早速、レイラの腕に注射針を刺して複製血液を輸血し始める。
次のタイミングを計るための砂時計をひっくり返し、ひと息つくためにお茶を淹れた。
「あとはこれを繰り返すだけ。ひとまず、もう大丈夫だよ。お茶にしようか」
「レイラ様……助かった、のですか……?」
足の力が抜けて、ポピーは床に座り込む。
それまで手伝いに集中することで堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出した。
「レイラ様……レイラ様ぁ……良かった。良かったのです……うあぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
突然泣き出したポピーに驚くシフキだったが、
すぐに安堵の涙であると分かって満足そうに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます