二章 アズラエラとシフキ
レイラをベッドに寝かせて、シフキはポピーだけを傍に残して他の面々を家から追い出す。
曰く、治療の助手以外は邪魔だ、と。
追い出された近衛隊とアズラエラは、家の外で治療が終わるのを待っていた。
レイラへの心配と沈黙による気まずさを拭いたいのか、近衛騎士のひとりが口を開く。
「いやぁ、しかしアズラエラ殿。開口一番に言い争いを始めたときは驚いたぞ」
「オレもだ。アズラエラ殿の紹介だから、
てっきり仲のいい魔女仲間だと思っていた」
「アッ、エット……シフキは、むかし同じ大魔女様に師事していた同期なんです。
そこであの性悪には50年間散々イジメられました。
ヤツは魔女の中でもぶっちぎりのカスです。
意地悪だし、うるさいし、専門分野以外はダメダメの落ちこぼれのくせに自信過剰だし……」
シフキとアズラエラは同じ魔女の弟子同士だった。
アズラエラを気に入らなかったシフキはアズラエラに罵声を浴びせ、それをアズラエラは師匠の魔女に泣きついて言いつけ、師匠はシフキを叱り、シフキが更にアズラエラに不満を募らせる。
その負のスパイラルを50年積み上げた筋金入りの腐れ縁である。
想像以上に悪い関係だったことに、近衛騎士たちは話題を間違えたと頭を抱えた。
「だ、だから、ヤツはこの世で一番嫌いな魔女です。でも…………」
「でも?」
「医術に関してだけは、この世で一番信用できる魔女です」
アズラエラと近衛隊が外にいる間、ポピーはシフキの手伝いをしていた。
「机の上のフラスコを持ってきて。そのあとは包帯ね。あの黒い箱の中にあるから」
「は、はいなのです!」
カチコチに固まったまま手伝うポピーを見て、
シフキの頭に疑問符が浮かぶ。
治療の手伝いに緊張しているのかというと、
手際はいいのでそうとも思えない。
「……どうしたの?」
「い、いえ!ただ、意外と普通に接してもらえるなと思っただけなのです。
もっと怒鳴られたりするかと……」
「ど、怒鳴るわけないじゃない。
初対面の、しかも子ども相手に」
ポピーのキョトンとした顔を見て、シフキは何となく自分が警戒されていた理由を察する。
自嘲気味に笑いながら、レイラの包帯を解いて傷口に薬を塗り始めた。
「アレは、あのナメクジ……じゃなかった。
アズラエラに対してだけだよ。顔見たらイライラしちゃってさ。
ゴメンね、怖がらせちゃったみたいで」
「や、やっぱり仲良しじゃないのですね」
「殺し合った仲だからね。仲良しになるのは永遠に無理だよ」
ギョッとしたポピーを見てケラケラと笑う。
「ごめんごめん、普通は同期で殺し合わないか。
そうは言っても、お互い無傷だったんだよ?
ケガさせられるほど強くないし、呪詛もお互い下手くそ過ぎて効果無かったし。
アタシもアイツも人殺せるような力は無かったんだ。
今思えば、ガキのケンカだったなぁ」
うって変わって穏やかな様子のシフキに、
ポピーの肩の力が抜けた。
おそらく、こちらのシフキが本来の彼女の姿なのだろう。
しかしそう考えると、本来穏やかな彼女がアズラエラに対しては嵐のように荒れる理由が分からない。
「どうして、アズラエラさんのことが嫌いなのです?」
「ふふっ、思い切って聞いてきたね。
そうだなぁ、アイツが魔女の中でもとびっきりのクズだから、かな。
陰湿だし、根暗だし、専門分野以外はダメダメだからって卑屈過ぎるのも、見ててイライラする」
意図せず、中でも外でも互いの悪口大会になる2人。
「ある意味、同族嫌悪ってヤツかもね。アタシもアイツも魔女の中では落ちこぼれだったから。
アタシはあのナメクジのことが世界で一番嫌い。向こうもそう思ってるだろうけどさ。結構イジメてたし。
でもアイツはアイツで、師匠にアタシをもっと叱らせようとして、内容を盛ってチクってたんだからお互い様でしょ」
喋りながらも、シフキは止血をすませて新しい包帯を巻き直す。
医術専門の魔女という話に違わず、その手際は熟練の医師さながらだった。
傷の手当を済ませたシフキは、ひと息つくように手を止めて天井を見上げた。
「……だけど。占い師としてだけは、アイツは信用できるよ。
アイツがアタシじゃないと助けられないっていうなら、間違いなくアタシが治療しなきゃお姫様は死んでただろう。
医者としてのアタシの見立てでも、そう思う。
腹立つけど」
さて、と、ひと言挟んで薬さじを取り出す。
「そうと分かれば、アタシに出来る最善を尽くさないとね。少しだけサンプルを貰うよ」
「サンプル?」
「そう。今から、お姫様の血を作って補充する」
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