二章 ドクダの森

 アズラエラが指したドクダの森は、予定していた村からさらに河を1時間下った河沿いに位置する。


医者を求めて町村を探していた為に盲点になっていたことが、先ほどまで策に上がらなかった理由のひとつである。



 その魔女は、幸運にもドクダの森の河辺に居を構えていた。


近くに小舟を停め、アズラエラは扉に駆け寄って激しく叩く。


「し、シフキ!急患です!お、おお、お願いします!」


聞いたことのないアズラエラの大声に近衛たちが驚いていると、シフキと呼ばれた魔女の家から女性が出てくる。


面倒くさそうに頭をかきながら現れたシフキは、アズラエラの顔を見て呆然とする。


「あ、あの、私め、です。シフキ……」

「アズラエラ、お前…………どの面下げてここに来やがった!えぇっ?このナメクジ野郎!!」


乗っけからの罵詈雑言。



そう、先ほどまで策に上がらなかった理由のもうひとつは、シフキとアズラエラの仲がすこぶる悪いからである。


顔を合わせればシフキは罵倒を始め、アズラエラはそれに泣かされることになる。


腐れ縁として繰り返されたこのパターンが変わるわけもなく、シフキがそう来ることはアズラエラにとって想定通りだった。


よって、アズラエラは怯みながらも言葉を続ける。


「お、おお、お前とケンカしてる、ば、場合じゃないんです!」

「あぁん!?ナメクジ風情が誰に向かってそんな舐めた口効いてやがんだ!さっさと帰って塩まとって死ね!」

「後で死んでやるから今は姫様を助けて!!」


 初めて吃ることなく言い返され、シフキの罵詈雑言が止まる。


それも、アズラエラの想定通り。


予想外の事が起きたとき、シフキは極めて冷静になる。


その性格を知っているから、虚をつくために予め練習していた反撃の言葉を切り出したのだ。


いくら臆病で吃りやすいアズラエラでも、

事前に何度も練習したセリフなら比較的スラスラと言える。


そうとは知らずに押し黙ったシフキは、アズラエラの次の言葉を待つしかなかった。


「お願い……もう、シフキにしか助けられないんです……」


アズラエラが縋りついて頭を下げる姿を見て、

シフキの頭に上っていた血が完全に冷えていく。


アズラエラの後ろに目を向けると、近衛騎士たちがレイラを抱えて二人のやり取りを遠巻きに見ていた。


状況を飲み込んだシフキは、大きく溜め息をついて気持ちを切り替えた。


「……患者がいるなら先に言えよ、クソナメクジ。早く入れ、治療するから」

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