二章 名前
アズラエラの森を脱出して一夜明けた頃。
レイラたちは河岸に小舟を停めて野営を築いていた。
次の目的地は更に河を半日下ったところにある小さな村。
ここで医者に立ち寄り、レイラの傷を塞いでおかなければレイラの身体が保たない。
その後のルートを近衛隊が確認している間に、アズラエラは定時の占いを行う。
森の攻防で大魔女コーディアは反乱軍と縁を切ったが、当然彼女以外にも魔女は居る。
再び占い合戦になったとき後手に回らぬよう、
アズラエラは全員分の占いを定期的にやるようにしていた。
「……ひとまず、誰の定めも変化はありませんでした」
「ありがとう、アズラエラ。おかげで亡命計画がうんと建てやすくなったわ」
「えへへ、そんな、もったいなきお言葉です。ふへ、ふへへ……」
意中のレイラに褒められ照れまくるアズラエラに、レイラはふと思い立った疑問を口にする。
「ねぇ、アズラエラ。あなたの占いは相手が誰でも出来るの?」
「ひゃ、ひゃい!あの、な、名前を知っていれば可能です……」
「名前?」
「人に対して行う占いは、原則その人の名前を指定するものなんです。だから、名前さえ分かれば私めが知らない相手でも占うことができます」
「名前さえ、分かれば……。ねぇ、アズラエラ。もう1人、占ってもらえるかしら?」
「仰せのままに。どなたですか?」
レイラは少し躊躇った後、その名を口にした。
「……レオナルド・カザーニア」
傍らで聞き耳を立てていた近衛たちが、その名を聞いてハッと息を飲む。
アズラエラも、その名前が誰を指すのかを知っていた。
「あ、あの、その方は、姫様の……」
「えぇ、お父様よ。王都が攻められたあの時、お父様が亡くなったかどうか、私はこの目で見たわけじゃないの。……お願い、アズラエラ」
動揺したアズラエラは、助けを求めて近衛隊に視線を向ける。
ローガンが頷いたのを見て、アズラエラも覚悟を決めた。
「……では、占います」
水を張った鍋に宝石を入れ、飛沫と波紋を丹念に観察する。
1分後、重々しい口を開いた。
「姫様のお父様は、レオナルド陛下は……既に、亡くなられています」
「…………そう、なのね」
レイラは項垂れて、瞳を閉じる。
息の詰まるような沈黙が、数秒の間続いた。
「あ、あの、姫様。ご、ごめんなさい、私めは……」
「ありがとう、アズラエラ」
「えっ?」
心配して伸びてきたアズラエラの手を、レイラは止めるように握って笑顔を向ける。
「ずっと迷っていたの。今からでも引き返せば、お父様を助けられるんじゃないかって。
でも、もう亡くなっているなら引き返すわけには行かないわ。これで、私も覚悟を決められる。
だから……ありがとう」
レイラの無理やり繕ったような笑顔を見て、その場の誰もが心に誓う。
これ以上、彼女を悲しませるわけにはいかない。
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