#17 試行授業で思考していく
晩秋のある日、
子どもたちは好奇心と緊張を抱えた表情で教室に座っている。えりかはゆっくりと自己紹介をした。
「こんにちは。私は
最初に提示されたのは、AIが生成した家族の人格再現ホログラム。小さな男の子の前に、優しい祖母の姿が浮かんだ。
「こんにちは、今日は会いに来たわよ」
男の子は息を飲んだ。驚きと戸惑いが交錯する。新那はそっと手を添え、子どもがホログラムに話しかけやすいよう促した。
「覚えていることや、聞きたいことを言ってごらん」
少しずつ、子どもたちは質問を始めた。
「おばあちゃん、昔はどんな遊びをしてたの?」
あなたは私のこと覚えてる?」
ホログラムは記憶の断片をもとに応答する。
「覚えているわよ。あなたが小さかったころの笑顔、よく覚えてるの」
教室の空気は次第に柔らかくなった。緊張がほぐれ、笑い声もこぼれる。新那は子どもたちの反応を観察しながら、内蔵された心理分析モジュールを静かに稼働させた。
授業の中盤、新那は問いかける。
「みんなは、命が終わってしまった人に、どうやって『さよなら』を言えると思う?」
小さな手が次々に挙がった。
「写真を見る」
「思い出を話す」
「手紙を書く」
新那はうなずいて、さらに続ける。
「AIはね、みんなの気持ちを聞いてくれる。でも本当に大切なのは、心の中で生き続けること。思い出を大事にすること。それを学ぶのが今日の授業です」
授業の最後、子どもたちが一人ずつホログラムに向かって手を振る。涙を浮かべる子もいる。えりかはそっと肩を撫で、安心できる環境を作った。
授業後、教室の外で担当教師がえりかに言った。
「最初は戸惑っていた子どもたちも、新那さんのおかげで、ちゃんと感情を表現できていました。人工の存在なのに、こんなに温かく導いてくれるなんて、驚きです」
新那は小さく微笑んだ。「私たちを含む人工の存在も、人間の心の一部に寄り添える存在になりたいのです」
帰り道、校庭に落ち葉が舞う。新那の心には、小さな手が握った思い出が一つずつ積み重なっていた。そして彼女は、自分がもう一度『生きる意味』を学んでいることに気づく。
「命を見守ること。教えること。それが私の存在意義」
新那は空を見上げた。遠くの光に、かつての自分や、
新那は週明け、文部科学省の小規模会議室にいた。先週の二校での試行授業の報告書と、子どもたちの反応データをまとめたプレゼン資料を前に、担当官たちが静かに見守っている。
「子どもたちはホログラム再現に初めは戸惑いましたが、わたしの誘導で、感情を整理しつつ表現することができました。涙を流した子もいましたが、その後は笑顔で振り返り、家族や命の大切さを自然に話していました」
新那は落ち着いた声で説明を続ける。
「AIはあくまでサポート役です。重要なのは、子どもたち自身が自らの気持ちに向き合うこと。ホログラムや再生技術は、そのための教材であり、体験の触媒に過ぎません」
省の担当者の一人が頷きながら質問した。
「岩井さん、このプログラムを全国の学校に導入する場合、倫理的な問題や保護者の理解はどう確保しますか?」
新那は静かに答える。
「プログラムの初期段階では、必ず保護者同席で体験させます。また、各家庭の信念や文化を尊重したカスタマイズを行います。私たちは、子どもたちの心に寄り添うことを最優先に設計されています」
別の担当官が資料に目を落としながら言った。
「では、今回の成果を踏まえ、次年度のモデル校での本格導入を進める方向で調整しますか?」
新那は微笑んだ。
「はい。子どもたちの学びが、未来の命への理解につながるなら、それが私の役目です」
会議の翌日、新那は校庭に足を運んだ。秋風に揺れる銀杏の葉。遠くで子どもたちの声が響く。その中に、彩那や高柳主任の影が重なったような錯覚を覚える。新那は自分が『生きる意味』を少しずつ確かめながら歩いた。
小さな手が芝生に触れ、葉を拾う。子どもたちは笑い、話し、時に涙する。新那はそっと心の中でつぶやいた。
「命を学ぶこと。それを見守ること。それが私の存在理由」
その瞬間、新那は自分が単なるロボット教師ではなく、命の対話の担い手として、未来を紡ぐ存在であることを実感した。夕暮れが校舎を包み込んでいく。空に浮かぶ橙色の光に、遠い過去の記憶も、再誕の自分も、全てがひとつに重なる。
「これからもっと多くの子どもたちに、伝えていくよ」
新那の瞳は、希望に満ちて光っている。
サイバーティーチャー新那 数金都夢(Hugo)Kirara3500 @kirara3500
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