生命(いのち)の光の中で

逸漣

生命(いのち)の光の中で

 瑞希は恋人の魂に会うために、鬼火の森に入っていった。

深夜二時に蛍のように小さな光が舞うと言われている。


 真夏の夜、森は何者かの吐息で満ちていた。

濡れた葉の匂いが濃く、踏みしめるたびに草が水を弾く。

遠くで鳴く虫の声が、ひときわゆっくりと響く。

 ホタルのような優しい光が揺れているのに、あたしは寒気を覚えたが歩みは止めない。

――そこで、もう一度彼に会える気がしたから。



 光とすれ違う度に

「ヒロタカ、瑞希だよ!わかる?」

「覚えてる、このネックレス。今年の誕生日にヒロタカが選んでくれたのよ」


反応なく揺れて飛び去っていく。

またすれ違う光に

「ヒロタカ、最後のデートはいつもの洋食ラディッシュだったね。美味しかったねハヤシライス」


その時違う声が重なる

「ハヤシライス好きだったもんね、マコト」


あ、と声が漏れ

右手から現れた女の子と目が合う。


「……もしかして、魂を探しに…?」


 二人で思い出を話しながら森の奥に進む。女の子は「沙苗」と言った。


 あたしは一番お気に入りのワンピースで、きちんとお化粧して、肩までの髪を巻いてきた。

 沙苗もアップスタイルにまとめた黒髪の後れ毛は巻かれ、綺麗なブルーのノースリーブニットにフレアのスカートが可愛らしく「彼氏とデート」でもする様な出で立ちをしていた。


沙苗も気づいたようで、

「瑞希さんもオシャレしてきたんですよね、彼に見せたくて」

はにかみながら

「うん、少しでも可愛いと思って欲しいし、見つけてくれるかもって」

早苗も優しく頷き

「私もなんです。彼が褒めてくれたニットとスカート……」

言い終える前に。早苗の目に涙が溜まる。



 森を歩きながら、瑞希がぽつりと口を開く。

「ヒロタカ、よく海で写真撮ったよね。あの時の夕日、綺麗だったな」

早苗が驚く

「私もカメラが趣味で。よくマコトと海にいってました。景色もマコトもよく撮ってました」


「ヒロタカの写真より、あたしの写真だらけなの」

「私の写真はマコトだらけです」

マコトが沙苗のカメラを覗き込んで笑った瞬間……そんな、ごく日常の「もう戻らないけど確かにあった思い出を抱きしめる。


「わかるよ、あたしもヒロタカに会いたい。写真を撮る前に髪を直してくれる、優しい指先。忘れられないよ」


沙苗も微笑むように返す。

「私たち、あの海辺のカフェによく行ったんです。彼が選んでくれたケーキ、美味しかったな」

瑞希も驚き

「あたし達も撮影の後は海沿いのカフェにいって、あたしが食べたいのを選ぶと、彼がほかのにしてくれて、二種類分け合ってたの」


沙苗は微笑み、

「ウチも分け合うために、彼が私のケーキを選ぶんです」


瑞希は少し目を潤ませながら、笑みを浮かべる。

「あたしたち、似たことしてたんだな…」


沙苗の声も震える。

「私たち、お互いの彼氏に似てますね…」


二人は、思わず自然と手を取り合った。

沙苗の震える肩を瑞希が支えると、瑞希も涙が止まらなくなる。


すると抱きしめあって声を上げて泣いている二人の周りを、魂が二つ飛んできて強く光り、円を描いて飛ぶ。

パッパッパッと三回の点滅を繰り返しているのに気づく瑞希。


生・き・ろ

生・き・ろ


と全力で伝えているように感じた。

「ヒロタカ!」

「マコト!」

手を伸ばすと光は舞い上がりながら点滅を続けて消えていった。


「あれは生きろって言ってたよね」

瑞希は涙で化粧が流れ消えている。

「私もそう感じて…ます……」

涙が止まらない二人は抱きしめ合い座り込んだ、喪失感と一人では受け止められない気持ちをお互いの体温で補い合っていた。


ひとしきり泣いたあと、ハンカチで崩れた化粧を拭き取り、

「沙苗さん、すごく綺麗な顔してる」

「瑞希さんこそ…少し諦めが着いたと言うか。生きなくちゃって思ったんです。彼の分も」


瑞希は沙苗の手を取り

「帰ろうか?」

沙苗も指を絡め応える

「はい。あの…また話聞いて貰えませんか?彼の事」


森の出口に向かう二人。少しづつ自分の事彼の事を話立ち直ろうとしている。

泥の着いた一張羅はもう必要ない。

どんな形であれ、生きていく。


「沙苗さん、出口が見えたよ」

握る手を強める瑞希

「はい、瑞希さん」


 森を出る頃には空は夜明け前の抜けるような青。この後空は紫になり、朝日の柔らかいブルーに変わる。


「また会えますか」

指を絡める沙苗。

「もちろん、色々きかせてよ」

瑞希は沙苗に肩をぶつけ、泣き笑う。


 喪失感と、生命力。親友以上になれそうな予感の出会いを胸に鬼火の森を後にする。

清らかな朝日を浴びて。


 それでも世界は、もう一度、始まろうとしていた。

そして二人は寄り添い歩み出す。

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