第9話 幻想世界



「優菜さん、ここが撮影場所なんですか?」

「うん、そうだよ」



 健吾さんと麻耶さんは、撮影場所を探しているのか様々な角度からこの場所を観察していた。

 それを待っている間、俺は優菜さんの隣に立つ。



「こんなところの撮影ってしても大丈夫なんですね」



 ここへ来る途中、健吾さんがそこら辺の話をしていた。

 山に入るには私有地や公有地とか関係なく土地の所有者の承諾が必要らしい、当然だ。だが基本的には黙認されていることが多いそうだ。

 実際、登ってきた道には俺たち以外にも登山者がいた。



「問題はないけど、前もってケンさんが許可を取ってくれているから大丈夫。そういうので面倒になると同業者に迷惑かけるからって、健吾さんそういうとこしっかりしているから」

「なるほど」



 同業者が厄介を起こすと、そのジャンルの活動できる幅が減る。

 足を踏み入れたことのない場所だったから少し不安だったが、それに関しては問題はなさそうだ。



「ただ進入禁止のテープが貼ってある先は行ったらダメね」



 と、そんな話をしていると、どうやら撮影場所が決まったらしい。



「ん-、向こうも良さそうだけどここがベストね。それじゃあ、ゆうなちゃん準備をお願い」

「はーい」



 羽織っていたベンチコートを脱ぐ。

 一瞬で別世界の住人となった優菜さん。

 周辺には背の高く細い木々が生えている。だがその中に一か所だけ、木が生えていない場所があった。

 そこだけ、大きな円を作るように太陽の日差しが差し込んでいた。


 そんな完璧な撮影スポットに立った優菜さんが空を見上げる。



「わぁ……」



 その光景が幻想的すぎて声が漏れた。

 地面に生い茂る緑の葉が太陽に反射して光の粒のようにいくつもの輝いていた。



「濡れてる?」



 遠くから見ていると、足下の葉が微かに濡れているように見えた。

 上から輝く太陽の光と、足下を照らす無数の輝き。

 森に迷い込んだお姫様が、太陽の光を見上げる。


 そしてシャッターが切られた。

 優菜さんは動きを止めてみたり、歩き出したり、振り返ってみたり。

 表情も様々に変化させる。

 そうやって少し変えただけで、また違った物語が見えてくる。


 それからも撮影は続いた。

 ただ見ているだけなのもあれなので、機材を運んだりして手伝っていた。

 ただほとんどの時間、優菜さんを眺めていたかもしれない。何度も綺麗だと言葉を漏らした。そして俺と目が合うと、優菜さんは優しく微笑んでくれる。

 その笑顔を見てまた綺麗だと口にする。


 撮影が終わったのは夕焼け空が沈む少し前だった。

 月明りに照らされての撮影というのも幻想的かなと素人的に思ったんだけど、健吾さん曰く「真っ暗な森の中は危ない」ということで帰宅することに。



「かなたちゃん、今日は一日中付き合わせてごめんね」

「いえ、俺も楽しかったですから」



 休憩を挟みながらの撮影だったからそこまで疲れはなかった。


 健吾さんの運転で俺たちは帰ることに。



「優菜さん疲れてますよね?」



 何度も立ったり座ったり、歩いたり止まったりを繰り返していたから、後部座席の隣に座る優菜さんは少しだけ疲れているような気がした。



「ううん、大丈夫」

「そうですか? 無理しないでくださいね」



 なんとなくだけど、いつもより眠たそうにしている気がしたからそう言った。



「それじゃあ、ゆうなちゃん。到着するまで寝ていたらどう? 今ならかなたちゃんが膝枕してくれるそうよ」

「えっ!?」



 バックミラーを見ると、健吾さんが俺に向かってウインクしていた。



「うーん、じゃあ甘えちゃおうかな」



 優菜さんは靴を脱ぎ、頭を俺の太ももに乗せる。



「ふふっ、そういえば、こうしてされる側になるのは初めてかな」

「そう、でしたか……?」

「こっち側なのもいいね。いつもは私がしてあげる側だから」

「ッ!?」



 優菜さんの爆弾発言を聞いて、前の席に座る二人がクスクスと笑っているのがわかった。

 恥ずかしい、なんの拷問だよ。

 そう思ったけど、こうして甘えてくる優菜さんは珍しくて新鮮に感じた。


 それに本当に疲れていたのか、優菜さんはすぐに子供のように寝てしまった。



「ゆうなちゃんも、こんな子供みたいな顔するのね」

「そうっすね。奏汰くんといるときは、いつもこんな感じっすか?」

「いえ、普段はどんなときでも大人っぽいです。たぶん初めてかもしれないですね」



 意識していなかったのに気付いたら頭を撫でていた。

 そしてネコのように、優菜さんは眠りながらどこか嬉しそうな表情をする。 



「そうなのね。それで、今日の感想はどうだったかしら?」

「感想ですか?」

「ゆうなちゃんのコスプレのことよ。今まで見たことなかったんでしょ?」

「コスプレの仕事をしていたことも朝初めて知りましたよ」



 そう答えると、麻耶さんは「へえ」と驚く。



「そうだったんすか。てっきり前から知ってて、奏汰くんの前ではもっとエチエチなコスプレしてるのかと思ったっす」

「そ、そんなこと、さすがにしないと思いますけど……」

「だったらこれからは、そういうのも見せてくれるかもしれないわよ?」

「それは……」



 嬉しい。

 そう思ってしまった。



「ゆうなちゃん、肌の露出したコスプレを撮るのはNGだけど、かなたちゃんの前だとOKしてくれるんじゃないかしら」

「そっすね! 奏汰くんは優菜さんにどんな格好してほしいんすか?」

「いや、別に俺は……」

「大丈夫大丈夫、優菜さん寝てるっすからから話してみて」



 と言われてもだ。

 いや、そもそも寝てるかも怪しい。

 優菜さんなら、寝たふりして話を聞いている可能性だってある。



「普段のゆうなちゃんなら、ナース服とかどう?」

「あ、いいっすねー。こんな美人にナース服を着てもらって甘やかされたいっす。でも自分、警官の恰好をした優菜さんに逮捕されたいっすね」

「あら、それも魅力的ね」



 二人は妄想を膨らませる。

 幻想的な世界観。魅力的な衣装。そして世界中の人たちの目を引き付ける逸材。それらを写真に残したいと言っていた健吾さんはどこへ。

 それに麻耶さんの考えも、どこかおっさんっぽい。


 でも、


『風邪、大丈夫? 辛いでしょ、今日は私が付きっきりで看病してあげるから、してほしいことがあったらなんでも言ってね?』


 と、ナース服の優菜さんに甘えたい。


『奏汰くん、またエッチなこと考えていたの? 少しだけ、お仕置きしないとダメかな……?』


 それに警官のコスプレをした優菜さんもいいかも。



「──ッ!?」



 そんな妄想をしていると、少しアレが反応してしまう。

 俺は慌てて、ひざまくらしている優菜さんを見る。


 良かった、ぐっすり寝ている。

 だが一応、優菜さんの置いている頭をアレから離す。








 ♦







「それじゃあ、ゆうなちゃんもかなたちゃんも、また今度ね」

「お二人とも、お疲れ様っす」

「お疲れ様でした!」

「今日は二人ともありがとうね。帰りの運転も気を付けてね」



 マンション前まで送ってもらい、俺と優菜さんは家へと向かった。

 目を覚ました優菜さんはまだ少しだけ眠たそうだった。今日は帰ってすぐ寝るのだろう。



「ねえ、奏汰くん」

「どうしたんですか?」



 マンションのエレベーターを乗ると、優菜さんは俺を見て首を傾げる。



「どうして車の中で勃起していたの?」

「え!?」



 もしかして起きていた?

 寝ていたんじゃなかったのか?



「えっと、気のせいじゃないですか!」

「うーん、そうなのかな?」

「ええ、そうですよ!」



 強引に誤魔化すと、エレベーターの扉が開いた。

 逃げるように家のカギを開けて玄関へ。

 俺は何とか誤魔化せたと思い肩を撫でおろし、家の扉を閉めた。


 だけど優菜さんは振り返ると、俺を扉に押し付けるように抱き着いてくる。



「……今度、エッチなコスプレしてあげようか?」

「え」

「だってさっき、私のコスプレ姿を妄想して勃起させたんでしょ?」

「そ、それは……」

「誤魔化さなくてもいいよ、起きてたから」



 バレてた。

 何て誤魔化そうか考えていると、



「ケンさんと麻耶には誤魔化してたけど、私にどんなコスプレしてほしいの?」

「俺は、別に……」

「早く言って? じゃないと、放してあげないよ?」



 少し寝たことでSのスイッチが入ったのか。

 切れ長な目で見つめてくる優菜さんを見ていると興奮する。

 それに俺を抱きしめる優菜さんの手が、ゆっくりと俺の体を撫でてくる。

 このままされるがままだと、俺はおかしくなる。



「ナ、ナースの服とか……」

「とか? とか、ってことは他にもあるんだよね?」

「ネコとか、イヌとか……可愛い感じのコスプレも、見たいです」

「へえ、そうなんだ。そういうコスプレして、どんなセリフを言ってほしいの?」



 優菜さんは楽しそうに笑みを浮かべながら、俺の耳たぶに唇を触れさせる。



「ご主人様、大好きだわん♡」

「うぐっ!」

「ご主人様、大好き……にゃん♡」

「はぐっ!?」



 こんなありきたりなセリフに反応するな。

 そう思っても一瞬で反応する。

 だって耳元で囁かれるだけでもいつも反応するんだから。それが今日は、優菜さんが言わなそうなことを言ってくれている。

 それだけでもう、果ててしまいそうだった。



「そんないやらしいコスプレ、奏汰くんの前でしかしないんだからね?」



 そんなことを言われて、もう無理だった。

 俺は逃げるように飛び出し、そのまま唯一この家で安心できるトイレへと駆け込んだ。




ブックマークの登録、下の応援する♥や評価欄★から応援していただけると幸いです。

よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る