第10話 高校デビュー……。
遂にこの日が訪れた。
俺の、高校の入学式の日が。
「これがいわゆる、高校デビューというやつか」
俺は洗面所の鏡を見ながら何度も髪型を整える。
適度に伸ばした黒髪に整髪料をこれでもかと塗りたくる。
「奏汰くん、いつまで髪いじってるの?」
顔だけ出した優菜さんが、少し呆れた表情を浮かべた。
「えっと、もう少しです!」
「それ、さっきも聞いたけど? もう、私がやってあげる」
優菜さんに「少ししゃがんで」と言われ無言の抵抗を見せる。だが、優菜さんも無言の圧力をしてくるので素直に言うことをきいた。
「別に、こんなに整髪料つけなくていいのに」
「最初が肝心ですからね」
「そうかもしれないけど、何もつけなくても奏汰くんはかっこいいよ?」
俺の髪をいじりながら、優菜さんは恥じらう様子も見せずそんなことを言う。言われた方は照れているのに。
「はい、完成」
鏡を見ると、確かにちゃんとした髪型になってる。大して時間はかかっていないのに。
「ありがとうございます」
「いえいえ。だけど、毎日こんなに時間かけてたら大変だから、明日からは私がしてあげようか?」
「いや、優菜さんも仕事がありますから大丈夫です!」
「別に遠慮しなくていいのに。私の出勤時間って、奏汰くんが学校行くよりも遅いから」
「そういうわけにはいかないんです! そ、それより、今日の入学式って優菜さん……?」
そう聞くと、優菜さんはしょんぼりした表情を浮かべたまま首を左右に振った。
「今日の参加はご両親だけがいいかなって、だから遠慮しようと思うの」
「そうなんですね」
「残念?」
「え、ああ、まあ! いやー、優菜さんにも来てほしかったなー!」
とは言うが、心の中で俺はホッとしている。
なにせ中学生の入学式で、俺の父さんと母さんと一緒に来た優菜さんは、めちゃくちゃ目立っていたからだ。
あの綺麗な女性は誰だ!? って。
そして俺の知り合いということが知れ渡ると、男子からは羨ましいと僻まれ、女子からは優菜さんには勝てないと恋愛対象に見られなくなった。
同じミスはしたくない。
「そっか。そんなに来てほしいなら、行っちゃおうかな?」
「えっ!?」
「ふふっ、冗談。……あっ、もうこんな時間。はい、制服」
優菜さんに背中を向けると、真新しい紺色のブレザーの制服を着せられる。
「奏汰くんのご両親は一度この家に寄ってから学校へ向かうって。どんな生活を送っているのか気になるんだと思う」
「わかりました」
「安心して、ご両親に見られたくないエッチな本とかは隠してあげたから」
「そんなの持ってませんよ!」
目の前にこんな美女がいるのに……。
「その反応は本当みたいだね」
「もしかして探りを入れました?」
「まさか」
これ以上、優菜さんにからかわれるわけにはいかない。
玄関で靴を履くと、優菜さんが、
「じゃあ、いってらっしゃい……ちゅ」
俺の頬にキスをする。
「なっ!?」
「いってらっしゃいのキス。嬉しい?」
「そ、そんなわけ……それじゃあ、行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
俺は逃げるように家を飛び出した。
これから新しい高校生活を迎え、友達を作り、あわよくば彼女を作りたいと思っているのに不穏な出だしだ。
「こんな弱気じゃ駄目だ。俺は高校デビューするんだから」
中学のときは優菜さんしか異性として見れなかった。
だけど高校では、ちゃんとした学校生活を迎えてやる。
そう意気込みながら学校へと到着すると、校門の前には新入生の名前と、分けられたクラスの名簿が貼り出されていた。
自分のクラスを確認して、案内に従い教室へ。
「ねえ、あの人かっこよくない?」
「わかるわかる! 同じクラスだったらいいな~」
ふと、廊下を歩いているとそんな声が聞こえた。
声の主は同じく新入生であろう二人の女子で、そっちを向いたら目を逸らされた。
いける、いけるぞ!
俺は心の中でそう思った。
自分で言うのもあれだけど、俺だってそこそこの見た目をしている。
背だって175と高一にしては高い方だし、顔だって別に悪くはないはずだ。中学のときだって、何度か告白されたことだってある。
優菜さん離れできれば、俺にだって彼女はできるんだ。
教室で少し待ち、入学式が行われる体育館へと向かう。
中学から一緒の生徒は友達と楽し気に話しているが、それ以外の生徒は辺りをキョロキョロとして誰か喋り相手がいないか探しているようだった。
俺も地元から離れてここへ来たので後者側だ。
友達になれそうな相手はいないか探したが、俺の周りは全員グループホームができていた。
仕方ない、このまま式が始まるまで待つか。
そう思っていたのだが。
「え、マジで?」
「あれ、やばくない?」
体育館の並びは新入生が前列で、その後ろに二年生と三年生。
その後ろに保護者席がある。
そして騒いでいたのは中間である上級生たちだ。
男女問わず黄色い歓声が上がると、 俺の周りの生徒も気付いて視線が後ろに向く。
一人、また一人と、生徒が後ろを振り返る。
振り返っていない俺がおかしいみたいな、そんな感じになった。
「なんだ?」
だから俺も振り返る。
そしてすぐに、みんなが見ている人と目が合った。
離れたとこにいるのに、俺は一瞬で彼女の存在に気付いた。
「──ど、どうして優菜さんが!?」
両親と一緒にいる優菜さんは俺を見ると、控えめに手を振った。
「ねえ、あれ誰のお姉さんなのかな?」
「めっちゃ美人じゃね! 芸能人とか!?」
「いやいや、あのスタイルはグラビアとか……うわ、マジでいいな!」
「ちょっと、彼女の前で他の女に見惚れるってどういうこと!?」
「い、いや、これはだな!」
「……まあ、美人なのは認めるけど。ってか、あたしが付き合いたいぐらいなんですけど!」
周囲がざわつき始めると、俺は慌てて前を向く。
どうして優菜さんが親と一緒に……いや、それよりもこの状況、中学のときと一緒じゃないか!
未だに後ろの保護者席を見る生徒たち。
しかもその人数は少しずつ増えていって、入学式そっちのけで盛り上がり始めた。
早く式を始めてくれ!
そう心の中で願っていると、少ししてから式が始まった。
先生たちの「静かに!」という言葉が何度も響いてから、やっと静かになった。
入学式は順当に進み、俺たちは教室へと戻ってきた。
そして生徒たちが口にする話題は、決まって同じだった。
「なあなあ、あの綺麗な女の人、誰のお姉さんなんだろうな?」
「いや、もしかしたら誰かの彼女とか?」
「それはないだろ! あんな美人のお姉さんが高校生なんて相手にしないだろ!」
「まあ、それもそうか。でもいいなあ、あんな美人と知り合いてぇ!」
「見てるだけで癒されるってか、前屈みになりそうになっちまたもん」
どんだけ優菜さんの人気凄いんだよ。というより、もしこれで俺の知り合い──それも同棲しているなんて知られたら終わりだな。
男子からは嫉妬の嵐。
女子からは遠慮した視線。
どうしたらいいんだ……。
そう思いながらも、ほとんどの同級生が優菜さんのことを噂しているこの状況に、少しだけ優越感を得ている自分がいる。
そして担任となる先生が教室に入ってくると、一気に静かになる。
「みなさん、入学おめでとう」
優しそうな雰囲気のあるおじいちゃんの先生が担任になると聞かされ、クラスメイトたちが静かにガッツポーズをする。
後は軽く先生から話を聞いて、今日は終わりか。
誰にも見られず、学校を離れたら──。
「それでは本日はこれにて……っと、そうでした」
おじいちゃん先生は不意に廊下へと向かい、
「本日の行事は終わりましたので、保護者の皆さん、お子さんと教室の中で写真撮影したい方はどうぞお入りください」
「えっ?」
廊下で待っていた保護者に声をかけた。
ぞくぞくと、このクラスの生徒たちの家族が教室の後ろに並んで入ってくる。
その中にはもちろん。
「うわぁ、まじで綺麗……」
「わたしのお姉さんになってほしい♡」
「ってか、うちのクラスの家族かよ」
「誰だ誰だ?」
小さな声だけど、俺の耳まではっきりと声が聞こえた。
そして保護者は自分の子供の席まで歩いていく。
教室内のほぼ全員が、まるでモデルのように優雅に歩く優菜さんがどの生徒の下へ向かうのかを見守った。
──コツ、コツ。
ハイヒールの音が少しずつ大きくなり、すぐ隣で止まる。
そして、
「……来ちゃった」
優菜さんは俺の隣に立つと、にっこりと微笑み言った。
♦
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