第8話 見惚れる美しさ


「幻想的な世界観。魅力的な衣装。そして大勢の人たちの視線を吸い寄せるほどの逸材。それらを同時にフィルムに残すのが、あたしがカメラマンになった理由なの。そんなあたしが一番惚れこんだのがあの子」

「優菜さん?」

「そう。既に完成されたアートと言っても過言じゃないのに、まだまだ、それもどんな風に開花するか想像できないようなポテンシャルを持ってる。あんな逸材、大手タレント事務所にだって滅多にいない」



 健吾さんの表情はいつの間にか真剣な、仕事の眼になっていた。

 それほどまでに優菜さんに魅了されているのだろう。

 だけど再び大きくため息をついた。



「それなのにゆうなちゃん自身はモデルに全く無関心。聞いた? モデルとかアイドルのスカウトを片っ端から断った話」

「あー、何回か聞いたことありますね」

「あたしも何度も誘ったのに断れ続けてね」

「なんで断ったかとか、聞いたことあるんですか?」

「ええ、まあね。何度も断られて、どうしたらいいかわからなくなって……。そうしたらあの子『興味ないから』ですって。興味が無くても普通の子は、綺麗だとか可愛いだとか、おだてられたら話だけは聞くものよ。中には大手事務所もあったのに、説明すら聞かずに無視するなんて勿体ない」



 興味ないからか、なんだか優菜さんらしいかも。



「だけど去年のクリスマス前、急にゆうなちゃんからお給料のことを聞かれてね。これはチャンスだと思って畳みかけるように営業したのよ」

「クリスマスのときか……」



 たぶんそれは。

 そして健吾さんは、隣の部屋に聞こえないよう小さな声で、



「プレゼントを買いたいんだって。最初は両親へのプレゼントかと思ったのよ。あの子からそういう浮いた話とか聞いたこと一切なかったから。だけど話を聞いていたら、そういう感じじゃなくって。で、どんなモノか、誰へのプレゼントなのかを問いただしたら男物でびっくりしちゃった」



 心底驚いたといった反応からも、優菜さんが健吾さんや友人にそういう話をしないのがわかった。



「いつも男っ気もなく誰とも群れない彼女が男物のジャケットを欲しがるなんてね。だから少しからかってあげたの、『好きな男へのクリスマスプレゼントかしら?』って。そうしたら『うるさい』って、少し照れながら怒られたわ。あんな表情もするのねって。はあ、あの表情をフィルムに残せなかったのは、あたしのカメラマン人生唯一の汚点ね」



 健吾さんは楽しそうに、その当時のことを教えてくれた。

 そんなことがあったのか。そうとも知らずに、俺が優菜さんにプレゼントをしたのは安物の香水。

 なんだか申し訳ないな。



「だけど今も大切に着てくれて、ゆうなちゃんも喜んでるんじゃない?」



 俺の今着ているジャケットを指差しながら、健吾さんは言った。

 すると、隣の部屋から声がした。



「──それからも恩着せがましく仕事を頼まれるようになるとは思っていなかったけど。ねえ、麻耶」

「まあ、優菜さんあってのこの事務所っすからねー。自分のお給料の為にも、これからもよろしくおねがいします」

「もう、あなたまで……」

「あはは。っと、これで良しと。ケンさん、準備できたっすよー」

「ふふっ、いつもこの初めて見る瞬間が楽しみで仕方ないわね」



 健吾さんは立ち上がり、隣の部屋の扉を開ける。



「どう、奏汰くん?」



 俺の目に映ったのは、どこか幻想的で、普段とは違った雰囲気の優菜さんの姿だった。

 普段の大人しい黒髪とは違い、今は眩しいほどの金色の髪を腰まで伸ばしている。

 そして衣装はファンタジー世界のお姫様が着るドレスに近い。だけど裾はふんわりとしたドレスではなく、全体的に動きやすいようにシュッとしたドレスだ。



「めちゃくちゃ似合ってます。凄い綺麗ですよ!」



 そう感じたから、何の躊躇いもなく言った。

 だけど少ししてから、急激に自分の言葉に恥ずかしさが生まれた。



「えっと……」

「ふふっ、素直な感想をありがとう。麻耶にメイクしてもらったお陰ね」

「元がいいだけっすよ。ねっ、ケンさん」

「そうだけど、元の良さを殺さず更に良くできたのは、まやちゃんの腕あってこそよ?」

「おだてても給料は一円もまけませんよー」



 確かに衣装だけじゃなくて化粧も変わっていた。

 カラーコンタクトかな、目の色もいつもと違って黄色寄りなのに、衣装や化粧のお陰で違和感がなく感じる。

 中世ヨーロッパに近いファンタジー世界のキャラを日本人がなりきるというのは難しいのに、今の優菜さんはその違和感を一切感じさせない。

 自然体、いや、本当にその世界にいるかのようだった。



「それじゃあ、撮影場所に向かうとするわよ」



 そう言うと、健吾さんは車のカギを手に取る。



「あれ、撮影ってここじゃないんですか?」



 そう聞くと、健吾さんは頷く。



「この部屋で撮影はちょっと狭いのよ。それに衣装や見た目だけじゃなく、世界観も変えないとでしょ?」

「確かに」



 ファンタジー感のある恰好なのに、撮影場所がマンションの一室だと、さすがに雰囲気が出ないか。


 健吾さんの運転で目的地へと向かう。

 車に揺られて二時間ぐらいだろうか、目的地へと到着すると声が漏れた。



「なんか、凄いな……」



 登山などにも利用される山の入口から少し登った脇道。

 ただ他の山と違うのは、大木があまりなく細い木々ばかりで、全体的に背が高いということ。

 だから真上に登る太陽の光が差し込む場所と差し込まない場所に分かれていて、まだら模様の光が幻想的で美しく感じる。





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