第16話 大人のデートとは



「──はい、どうぞ。たくさん食べてね」



 真っ赤に染まった鍋の具を、優菜さんはおたまで取り分けにっこりと微笑む。

 スーパーから帰ってからずっとこんな感じで、笑顔のまま、たまに棘のある言葉も投げかけられたりもする。



「い、いただきます……」

「ふふっ、どうぞ」



 激辛色に染まったお肉を箸で掴む。

 近付けるとよりわかる辛そうな匂いに恐怖を感じる。だけど優菜さんの笑顔を見て、食べないわけにはいかない。


 俺は覚悟を決めて口に放り込む。



「うっ……う? うまい!」

「ふふっ、良かった」



 俺の言葉を聞き、優菜さんは自分のも小皿に取り分けた。



「ここのお鍋の素、色は真っ赤で辛そうなのにそこまで辛くないよね」

「見た目も、それに匂いもめちゃくちゃ辛そうなのに」

「ほんとね。だけど奏汰くんの脅える表情、もう少し見たかったかな?」

「……勘弁してください」

「でも、悪いのは奏汰くんだから。ご両親に報告しないだけ感謝してほしいぐらいよ」



 優菜さんのポジションは俺の同伴者であると共に保護者のような役割でもある。

 なので俺がもしも非行に走ったときに止めたり、両親にどんな生活を送っているかを報告したりするのだとか。

 いや、非行に走ったりしてないけど。

 なぜか合コンに意欲を示すことは優菜さんからしたら大罪らしい。


 そもそもこの事は江南と芳人にしか話していない。だが知っているということは、江南が密告し、なおかつ江南は優菜さん側についたということだ。


 もう江南には、



「もしかして今、椎名ちゃんには女の子を紹介してもらえない……なんて思っていない?」

「え? そ、そんなわけ……」

「そう、良かった。もしそんなこと考えていたら、あれ、もっと厳しいのにしなくちゃいけないところだったかな」



 優菜さんが指差したのは、ここへ引っ越して来た最初に優菜さんが決めた目標計画書だった。

 優菜さん感覚での計画書なんて今でさえクリアできる気がしない。



「いや、あれ以上厳しくされたらクリアできませんよ」

「そう? だったら余所見しないで頑張らないと、ね?」



 俺は「はい」と頷くと、優菜さんは楽しそうに笑った。



「ところで優菜さん」

「なに?」

「もし良かったら、今度の休みに自転車を見に行きませんか?」

「自転車?」



 熱々の激辛鍋をふーふーしながら、優菜さんは首を傾げる。



「今日登校してみて思ったんです、この距離なら自転車があったらいいなって。それに優菜さんも務めてる病院まで少し距離あるじゃないですか」

「んー、まあそうだね」

「少しでも通勤が楽になるかなって。どうでしょう、見に行くだけでも一緒に行きませんか?」



 少し考え、



「そうだね、見てみるだけでも行ってみよっか」

「よしっ、それじゃあ、いつにします?」



 軽くガッツポーズをすると、優菜さんはまるで子供を見るように微笑む。



「えっ、どうかしました?」

「ううん、ただ、ズルいなって思っただけ」

「え、何がです? 俺なにかしました?」

「さあね。それじゃあ、今週の土曜日はどうかな」

「それじゃあ、土曜日で」

「あっ、そうだ」

「どうしたんですか?」

「せっかくだから、朝から一日デートしよっか」

「……え?」











 ♦











 約束の土曜日の朝。

 朝ご飯を食べているときに優菜さんは俺に言った。



「せっかくのデートだから、待ち合わせから始めよっか」と。



 なので待ち合わせ場所である駅前に向かって俺は先に家を出た。



「そういえば、二人で出掛けるときに待ち合わせするのって初めてかもしれないな」



 出掛けるときはよくお互いの両親もいたし、二人で出掛けるとしても家が隣だからそのまま一緒に家を出ていた。

 なぜ急にこんなことを言ってきたのかわからないけど、こうして待ち合わせするってなると変な緊張が生まれる。

 俺はそんなことを考えながら、スマホに目を向ける。



「10時か……」



 待ち合わせ時間になった。

 俺は優菜さんが来ていないか周囲を見渡す。



「奏汰くん」



 優菜さんに呼ばれ振り返ると、その姿を見て、すぐに返事ができなかった。


 水色のブラウスにジャケットを羽織り、脚の長さを強調した黒のスラックス。

 普段の格好も十分大人っぽい格好なのに、見た目も歩き方も、全てが有名なモデルさんのようだった。

 当然、周囲の視線を浴びていた。



「ふふっ、どうかな?」

「凄い、似合ってます」

「良かった。家で着替えて一緒に出掛けたら、あんまり新鮮じゃないかなって。サプライズ? みたいなね。こうして待ち合わせして出掛けるの、たまにはいいでしょ?」



 確かに家から一緒だと感じ方は違ったかもしれない。

 こうして目の前に現れ、足先から頭の天辺までを同時に見たから新鮮さもあった。


 ふと俺が家を出たときのことを思い出す。



「でも、俺の服は家を出るときに見たんじゃ……」

「うん、お見送りしたからね」

「それじゃあ俺のは新鮮に見えないですよね!?」

「ふふっ、気付いちゃった?」



 口下に手を当てクスクス笑う優菜さんは俺の隣に立ち、



「じゃあこれからは、私の知らない新鮮なデートのエスコートをお願いね?」



 俺の腕に自分の腕を絡めた。

 普段は俺よりも背が小さい優菜さんだが、踵の高いヒールを履いているから同じぐらいの背丈だ。

 周囲からは同い年の恋人に見える……のかな?

 それはわからない。

 ただそう見られたいと思う。

 普段なら腕を組んで歩くだけであたふたするが、必死に落ち着こうとして、背伸びした言葉を返した。



「高校生にエスコートできるかわかりませんが、優菜さんが楽しめるよう、全力を務めさせていただきますよ」

「奏汰くんのエスコートなら、どこでも歓迎だよ」



 駅を出てすぐに見えたショッピングモールには複数の店舗が建ち並んでいる。

 お目当ての自転車が売っているお店の他に、メンズやレディースの服が売られているアパレルショップに、全国で人気になったお店を一つの階に集めたレストラン街。

 遊び目的なら広々としたスペースを使ったゲームセンターや、夜までやっている映画館なんかもある。


 なのでここは一日中でもいられる人気のデートスポットだ……と、ネットに書いていた。



「そういえば優菜さん、明日って仕事は?」

「休みだよ。あっ、もしかして夜遅くまで私を連れまわそうとしてる?」

「いやいや、そこまでは……ただもし良かったら、夜もここで食べて帰らないですか?」

「ここで? うん、いいけど。じゃあ、銀行に寄ってお金下ろしてこようかな」

「いえ、大丈夫ですから!」



 きっと学生の俺に払わせまいと、優菜さんはここでの支払いの全額を自分でしようとしているのだろう。

 だけど家賃とか食費とか、家でのことも俺の両親と優菜さんが折半して支払ってくれている。

 かなり負担が大きいはずだ。

 だから今日だけは俺が支払いたかった。



「今日は俺が払いますから!」

「え、でも……」

「大丈夫ですって。今日は俺がエスコートするって言いましたよね?」





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