第17話 見栄と自転車


 ──俺がデート代を出す!


 なんてかっこつけたはいいが、実際は両親に頭を下げてお金を貸してもらった。

 だって普段から家で優菜さんに面倒を見てもらっているのに、デート代まで奢ってもらうなんてできない。

 男としての変なプライドもあった。

 ただ、親に頼むのも気が引けた。

 実家を離れて一人暮らししているのに、優菜さんとのデートの為にお小遣いを頼むなんて。

 バイトしたらとか、お年玉で返すとか、そういう理由を付けたが絶対に怒られる、そう思ったのだが……。


『しょうがないわね、じゃあ振り込んでおくわね』


 意外にも母親からの返答はすんなりしたものだった。

 実家にいたときなら『なんでお年玉とっておかないの!』とか言われそうだけど。

 まあ、なんにせよ、貸してくれたからにはこれで優菜さんと楽しめる。



「そう、お母様が」



 このことは隠しておくというのも頭にあったが、いきなり高校生にデート代を奢ると言われても不安になるのは当然だ。

 優菜さんに詳しく聞かれ、俺は説明した。



「だけど私、奏汰くんに奢ってもらう気はないからね」

「どうしてですか?」

「社会人が高校生に奢ってもらうなんて嫌だもの。それに、せっかくお母様からいただいたお金なら、大事に取っておいて必要なときに使ったら?」

「でも、母さんは優菜さんに使えって」

「うーん、じゃあ割り勘にしよっか。その代わり、浮いたお金は次のデートに取っておいて。ねっ?」



 大人としてのプライド、というよりは、俺のことを思っての言葉かな。

 それに次のデートに取っておくって……またデートするって意味だよな。

 そうやって言ってもらえると意地を張る必要がなくなる。



「わかりました。それじゃあ、お言葉に甘えますね」

「はい、甘えてください。それより、今はどこに向かっているの?」

「先に自転車を見に行こうかなって」

「あっ……ふふっ、ここへ来た本来の目的を忘れちゃった」



 組んだ俺の腕をぶんぶん振って笑う優菜さんが、少しだけ子供っぽく見えた。


 そして俺たちは自転車売り場へやってきた。



「自転車なんて最後に買ったのいつだったかな」

「買ったってなるとずっと昔じゃない? 中学のときに使ってた自転車は、元々は私の使っていたものだから」

「そういえばそうでした。……ってことは、優菜さんずっと自転車に乗ってないですよね?」

「そうだけど」

「優菜さん、乗り方とか覚えてます?」



 少しからかうように言うと、優菜さんは頬を膨らませる。



「もう失礼ね、中学生のときまで乗っていたんだから覚えてるよ」

「えー、本当ですか?」

「……小学生のとき、いつまで経っても補助輪を外せなくて泣きながら『優菜おねえちゃん、自転車の乗り方おしえて!』って頼みこんできたのは誰だったかな?」

「さ、さあ、忘れました」

「あとあと、自転車で転んだときにわんわん泣いて──」

「わかりました! わかりましたから!」



 やはり優菜さんに口では勝てない。それに、少し大声を出してしまったからか周囲からの視線が痛い。



「……こほん。それで、通勤通学だったらどういうのが、って、やっぱり高いですね」



 荷台が付いた、いわゆるママチャリと呼ばれるシティサイクルは手頃な値段だったけど、スピードの出るクロスバイクだとかなりの値段がする。



「通勤と通学だけしか乗らないなら、ここまでしなくてもいいと思うな」

「ですね、中学の自転車がまだ乗れたら……」

「あれ壊れちゃったもんね。そうだ、もしあれだったら一台だけでもいいんじゃない?」

「一台ですか?」

「私はずっと乗るわけじゃないから……夏場とか、汗かきながら出勤するの嫌だもん」



 苦笑いを浮かべる優菜さん。

 まあ、確かにそれもそうか。



「じゃあ必要なときに使う感じで、共有の自転車にしますか」

「うん、そうしよっか。じゃあ、色は……」



 ピンク色のシティサイクルがある方へと腕を組んだまま行こうとする優菜さんに反抗するように、俺は目の前のシルバーの自転車を指差す。



「これがいいですね」

「私は、あのピンクのがいいな」

「嫌です。あれで学校に行けませんから」

「でも」

「これは譲れません!」

「残念。仕方ないから折れてあげる」



 さすがにピンク色の自転車で通学するのは恥ずかしさがある。


 俺と優菜さんで選んだ自転車の購入手続きを終えると、俺たちはお店を出た。



「次はどこへ連れて行ってくれるの?」



 自転車売り場のお店の前。

 時間は昼過ぎだけど、お腹はあまり空いていない。



「優菜さん、お腹空いてますか?」

「そこまでかな。奏汰くんは?」

「俺もそこまで。ただ時間的にはここで昼ご飯を食べないと、夜ご飯までもたないかもしれないですね」

「それもそうだね。じゃあ、クレープ屋さん行く?」



 指差した先にあるのは、屋台式に出店しているクレープ屋だった。



「いいですね、行きましょうか」





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