第14話 恐怖の誘い


 それからすぐにホームルームの時間が始まり、結局のところ詳しい話は昼休みに聞くことになった。


 同じクラスの柏葉芳人と、隣のクラスの江南椎名は幼馴染なんだとか。

 芳人はサッカー部に入部予定で絵に描いたような爽やか系イケメン。

 江南はバドミントン部に入部予定で見た目通りスポーツっ娘。


 幼馴染だがお互いに恋愛感情はないと二人は言うが、実際のところどうかはわからない。

 ずっと幼馴染の関係だった男女なんて、ふとした瞬間にお互いを意識し合ってくっ付くんだ。



「それで冴島、YUNAさんについて聞きたいんだけど」

「聞きたいって言われても、俺もそのコスプレをしているって聞いたのつい最近だからな。逆に俺の方が聞きたいぐらいだよ」

「えっ、聞きたい?」



 どこか嬉しそうな反応をする江南に「言っちゃった」みたいなやれやれ顔をする芳人。



「あたしがYUNAさんと出会ったのは去年の冬のことで──」

「えっ、そこからかよ」



 唐突に語りだした江南。


 カメラマンの健吾さんは大学を卒業して業界に足を踏み入れたばかりで、まだ知名度のないカメラマンだったらしい。

 健吾さんは『アトリエアロマ』という、主にコスプレイヤーを撮影した雑誌を発行する同人誌サークルを運営していた。

 そんなアトリエアロマから去年の冬、コミックマーケットという同人誌即売会で複数人のコスプレイヤーを撮った写真集が発売された。



「ただその同人誌、撮影者の撮影技術に注力した作品でさ。あんまり名の知れないコスプレイヤーがたくさん出てるだけの作品だったの」

「要するにコスプレイヤーは被写体であって、あくまでも撮影の腕で売っているみたいな?」

「そうそう。だからまあ、言い方は悪いけどあんまコスプレイヤーも有名どころがいない、ほとんど素人だったのさ」

「それ、売れるのか……?」

「全然。腕がまあいいのかもしれないけど、そういう類の同人誌を買うこっちは綺麗なコスプレイヤーを見たいから、なーんかその、うーん……」



 言葉を選ぶのに悩んでいた江南だったが、まあ、言いたいことはなんとなく伝わった。



「今まではそんなに部数も用意してなかったんだけど、なんでか去年の冬のコミケだけかなりの量の部数を用意していてね」

「去年の冬……優菜さんが載ったときのか?」

「そう! 今思えば、YUNAさんが載るから同人サークルとしては売れる自信があったんだと思う。だから販売部数も、その時だけはそこそこあったんだけど……まあ、売り方が下手で結果は惨敗。売れ残りも出たんじゃないかなって感じだったの。──だけど!」



 と、江南は興奮気味に言う。



「その数日後かな、ダイヤの原石がデビューしていることがSNSでプチバズったの! 今や売れ残っていた同人誌はプレ値で転売されるほど人気の一冊になって、ほら見て!」



 江南からスマホを見せられる。

 オークションサイトのページで、その同人誌であろう一冊に入札があった。

 値段は……。



「12万!? 同人誌一冊で!?」

「そう、凄いでしょ! しかもまだまだ上がると思う!」



 同人誌なんて一冊千円ぐらいだと思う。それが12万で売られて、しかも買おうとしている者もいるって凄いことだよな。



「販売していたときは人気がなかったけど、とある口コミで一人のコスプレイヤーの紹介がされたの」

「それが、優菜さんであるYUNAだった?」

「そう! 全部で三十ページあった写真集にたった二カットしか載っていない彼女の美しさに、たたずまいに、みんな魅了されたの!」



 それはSNSにいるコスプレイヤーのファンだけでなく、業界関係者も巻き込んでだという。

 ネットにデータがあるわけでもないので、スマホで撮影した少し画質が荒い画像がSNSで拡散された。

 それでも多くの称賛コメントでネットは溢れたそうだ。



「それからこのアトリエアロマにたくさんの問い合わせが来たらしいよ。『このYUNAというコスプレイヤーは誰だ!?』って。だけどこのサークル、一切の返答はしてないんだって」



 健吾さんが優菜さんに口止めされているのがすぐに想像できた。もし喋ったら二度と撮らせてあげない、みたいな。



「絶対に売れ残ってるはずなのに通販も無し、再販も無し、勿体ないと思わない?」

「まあ、確かに今だせば売れるだろうしな」



 そうしないのは何か理由あるんだろう。



「正体不明のコスプレイヤーYUNA。あたしの憧れで、あたしの最推し……♡」



 瞳にハートマークを映す江南。

 と、そこで俺たちの話を聞いていた芳人が言う。



「椎名はそのYUNAさんのデビュー作を転売ヤーじゃなくて、偶然にもコミックマーケットで買ってたんだって」

「へえ、凄いな。じゃあ、プレ値じゃない金額で買えたのか」

「そうらしいよ。だから変に運命みたいなのを感じちゃったみたいで。椎名、SNSでもよく古参アピしてるみたいだよ」



 その同人誌は追加で発注されていないって江南が言っていたから、健吾さんが販売した同人誌を持っている人なんて滅多にいないのだろう。

 しかも誰の手にも渡る前のモノを持っていたってなったら、まあ、人気が爆発する前からのファンみたいで古参アピールしたくなるのもわかるし、運命だと感じるのも頷ける。



「それから、アトリエアロマのSNSをずっとチェックしてYUNAさんが載った同人誌がいつ発売されるのか楽しみにしてたんだけど、なかなか販売されなくて。されても予約後即完売、数日後には何倍もの値段で転売されてるの」

「そんなにか」

「それなのに、まさか学校の入学式で生のYUNAさんを見れるなんて思わなかったのよ!」



 興奮気味に語る江南。

 そんな彼女を見て、幼馴染の芳人が言う。



「椎名、そのYUNAさんとお近づきになりたいみたいだよ」

「まあ、話を聞いていたらそんな気がした。芳人もそうなのか?」

「僕は別に。ただ椎名が気になるっていうから、まあ、二人の間を取り持ってる感じかな?」



 爽やかイケメンが微笑む。



「それで、その……もし良かったら、YUNAさんと会わせてくれない?」

「優菜さんと?」

「うん! 会ってあたしの気持ちを伝えて、それからサインを貰いたいの。ねっ、お願い!」

「お願いって言われても……」



 話をした感じただのファンであって、悪い子ではないと思う。

 ネットに優菜さんの個人情報を流出させるみたいなことも無いだろう。そもそも、優菜さんがそんなことさせないはずだ。

 ただ、優菜さんが接点を持つことを了承するかどうか。



「ちなみに、冴島はYUNAさんとどういう関係なの……?」

「どうって……」

「付き合ってたり、好き同士かって話」



 なんで急にそんなことを。

 まさかコイツ、俺のことが──。



「まっ、恋人ではないか。こんなガキんちょ、あのYUNAさんが相手にするわけないもんね!」

「イラッ!」



 まあ、誰がどう見てもそう思うのは当然だけど。

 だけどこうも面と向かって言われるとむかつく。



「あははっ、ごめんごめん!」

「ったく……」

「でも、もしYUNAさんに会わせてくれたら……合コンとか、あたしがセッティングしてあげてもいいけど?」

「なに!?」



 意外な交換条件に前のめりになる。



「あたし、女の子の友達とか多いから。ギャル系も、清楚系も、なんなら年上系もいけるよ!」

「年上……」



 年上というワードに心惹かれた。

 いやいや、真っ先に思い浮かんだのが優菜さんの時点で合コンなんてセッティングしてもらっても意味はない。

 だけど同棲してから諦めかけていた優菜さん離れができるかもしれないと思うと魅力的な提案だ。


 ……何より優菜さんが、俺が合コンに行くと知ったらどんな反応をしてくれるのか少し興味がある。

 まあ、どうせからかわれて終わるのがオチだけど。



「じゃあ、まあ……聞くだけ聞いてみてもいいけど」

「ほんと? やったあ! お願いしますお願いします! もし会わせてくれたらめちゃくちゃかわいくて性格のいい女の子セッティングするから!」



 手を合わせスリスリと拝む江南に、この光景を楽しそうに見ながらお弁当を食べる芳人。

 俺はスマホで、


『友達がコスプレイヤーの優菜さんの大ファンらしくて、会いたいらしいんですけど駄目ですか?』


 と、優菜さんにメッセージを送る。



「一応は聞いてみたよ」

「ありがと! じゃあご飯を食べて待とうかな」

「やっとかい? 二人が話してる間に僕はもう食べ終わりそうなんだけど」

「ちょっと芳人早い! あっ、ハンバーグいる? 今日のはねえ、あたしの自信作なんだよ!」

「もらおうかな」

「はい、あげる。仕方ないからあんたにもあげよっか?」

「……いらない」



 ほぼ初対面の女子からおかずを貰うということに少し照れくささを感じてしまった。

 俺は優菜さんが作ってくれたお弁当の蓋を開けた。



「わあ」



 声が漏れる。それほどまでに綺麗なお弁当だ。

 そして味もやっぱり美味しい。


 ──ピロン。


 すると、メッセージが届いた。

 確認すると優菜さんからのメッセージで、パンダのキャラクターが手で×としているスタンプだった。


 まあ、そうだよな。

 俺は『わかりました』と、どうしてこの話になったかの説明で『隣のクラスの女子が会いたい』と言っていたことを伝えた。


 ──ピロン。


 そしてすぐに返ってきたメッセージには、



「えっ!?」

「どうしたの、もしかしてYUNAさんから!?」

「え、まあ、なんか『その子、今日お家に呼んで。私も会って話がしてみたいから』だって」

「ほんと!? やったー! どうしよ、芳人、生YUNAさんだって!」

「良かったね、だけどもう少し静かにしようか」



 さっきは駄目だって言ったのに、なんで急に。

 俺はスマホのメッセージを見て首を傾げた。





ブックマークの登録、下の応援する♥や評価欄★から応援していただけると幸いです。

よろしくお願いします。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る