第13話 YUNA
次の日の朝。
ビジネススーツを着る優菜さんは今日、入社式を迎える。
ただスーツを着るのは今日だけ。
医療事務の仕事をする優菜さんは、明日からは近くの病院に勤めるため仕事用の服を着るのだという。
「優菜さんが医療関係の仕事をするとは思ってませんでした。前からそうなりたいって考えていたんですか?」
「ううん、そういうわけではないの。ただなんとなくかな。求人を見て、これにしよっかなって」
「へえ、そんな感じで決めたんですか。仕事内容ってどんな感じなんですか?」
「主に受付と会計業務がメインかな」
俺の両親がいるときに仕事の話をしたら「いい仕事に就いたわね」なんて父さんと母さんが言っていたのを覚えている。
勤務形態とかもいいらしく、朝もこうして、ゆっくりと話しながら朝食をとれるほど出勤時間は遅い。
「あっ、そうそう。今日は入社式が終わったら色々と研修があるみたいで、たぶん帰りが少し遅くなると思うんだけど、ご飯どうしよっか?」
「何時頃になる予定ですか?」
「たぶん19時までには帰ってこれるとは思うけど」
「じゃあ待ってますよ。何かやっていてほしいこととかあったらスマホにメッセージ送ってください」
「うん、わかったよ。それじゃあ買い物してから帰るね」
そんな話をしていると、登校時間が迫っていた。
「それじゃあ、いってきます」
「あっ、ちょっと待って」
玄関で靴を履いていると、優菜さんが近付いてくる。もしかしてと身構えていると、
「いってらっしゃい……ちゅ」
頬にキスをされた。
そんな気はしていたけど。
「い、いってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
わかっていたのに避けない俺も俺だ。
手を振る優菜さんと別れ、学校へと向かう。
学校までは歩いて二十分ほど。
もう少ししたら、自転車でも買おうかな。
「そういえば、優菜さんの職場も歩いたら結構かかるって言ってたな。出勤するときに自転車とかあったら便利だよな」
優菜さんは車の免許を持っていないから車通勤とかしないだろう。今度の休みにでも、一緒に自転車を見に行こうかな。
「……って、また無意識に楽しみにしているよ俺」
こんなんで本当に優菜さんから離れられるのか、とも思うけど、意識していないと優菜さんとのことを考えてしまう。
まあ、どうなるかも今日次第か……。
学校へと到着して靴箱から上履きを取ると、誰かからの視線を感じた。振り返ると、同じクラスの女子二人が俺を見て何か話しているようだった。
「えっと、おはよう」
「あっ、うん、おはよう」
二人とも挨拶を返してくれるが、どうにも余所余所しい。
そして教室に入ると、不穏な空気はさらに強くなっていく。
「なあ、あいつって誰か同中だったやついる?」
「いや、俺は知らないな。もしかしたら遠くから引っ越してきた感じじゃね」
「マジ? じゃあもしかしてあの綺麗なお姉さんと一緒に暮らしてたりとか?」
どうやらやっぱり、会話の内容は優菜さんについてだった。
俺はため息をついて、自分の席につく。
「やあ、モテ男くん!」
クラスメイトのほとんどが遠くから見ているだけなのに、前の席に座って楽し気な笑みを浮かべる男。
「なんのことだ?」
「昨日のことだよ。みんな噂してるよ」
「……はあ。それで、聞きたいことは?」
まあ、言いたいことはわかってるんだけど。
「聞きたいことっていうより、まあ、どういう関係なんだろうなって」
「別に、みんなが期待するようなことはないけど」
「そうなんだ」
そこで話が終わった。
なんだ、この金髪爽やかイケメンは。
「それだけ?」
「ん、まあ……というより、気になっているのは僕じゃなくて──」
「ああっ!」
金髪爽やかイケメンの話の途中でいきなり現れて俺を指差す女。
「ああ、
「いやいや、
なんだこの、俺を無視して俺の話をする二人は。
そして女の方が俺を見る。
「ねえ、YUNAさんとどういう関係なの?」
「……ゆいな?」
「あんたと一緒にいた女性のこと、まさか知らないの!?」
赤髪ポニーテールが「あんたバカ?」みたいな感じで言う。
名前は少し違うが、たぶん優菜さんのことだとは思う。
「優菜さんのことか?」
「優菜さんって名前なの!?」
今度は食い気味で聞かれる。
「え、まあ……」
「優菜だからYUNAかあ」
「ねえ、椎名……とりあえず、自己紹介しない?」
やっとかよ。ただまあ、この学校に来て初めてまともに話した相手だから、少しだけ嬉しい。
「僕は
「あたしは
柏原芳人は勉強も運動もできそうなハイブリット型っぽい見た目をしている爽やかイケメン感のある男だ。
江南椎名の方はポニーテールと快活な感じからスポーツ女子って感じがする。
まあ、どっちも見た目からの偏見だけど。
「俺は冴島奏汰。それで、YUNAって何?」
そう聞くと、江南と名乗った彼女は「ちょっと待って」とスマホを取り出し、
「これ!」
一枚の画像を俺に見せる。
そして映っていたのは優菜さんの画像。
前に木々の中で健吾さんたちと撮ったコスプレの画像だった。
「この前、優菜さんと撮ったやつ……なんで持ってんの?」
「この前!? どこで!?」
「え……」
圧が凄くて柏葉に視線を向けると、彼は苦笑いを浮かべる。
「圧が凄くてごめんね。椎名は、そのYUNAさんっていうコスプレイヤーの熱狂的な大ファンなんだよ」
♦
ブックマークの登録、下の応援する♥や評価欄★から応援していただけると幸いです。
よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます