第12話 優菜の人生


「──ねえ、優菜! この前紹介した彼とはその後どうだったの!?」

「……えっと、ごめんね。ちょっと無理かなって、お断りしたの」

「ええ!? もったいない……。彼イケメンだし、高校のサッカー部でキャプテン、しかもプロ入り内定って噂なんだよ!? なのに振っちゃうなんて……」

「せっかく紹介してくれたのに、ごめんね」



 三枝優菜の人生は華やかで輝いていた。

 幼いころから他を圧倒するほどの容姿を持ち、小学校、中学校と、異性から告白されることが多かった。

 それは同級生以外にも、中学生になると年上の高校生から告白されることもあった。

 その為、友人から異性を紹介されることも増えた。ただそれに関しては、優菜にとっては大きなお世話だ。


(私をエサにして、みんながその友達と近付きたいだけのくせに)


 友達からの紹介はいつも決まって、その紹介者の好きな人だったり自分が近付きたい友人がいることが多い。

 異性に興味のなかった優菜。

 彼女のことが好きといった男を優菜に紹介して、自分たちはその友達と仲良くなり、あわよくば優菜に振られた男を慰めて奪いたいのだ。

 前にダブルデートを強引にセッティングされたこともあったが、結局のところ、紹介した友達とその紹介された男が付き合ったのを後に知らされた。


 優菜はただの男を呼び寄せる餌。

 なにせ優菜の名前を出せばいくらでも男が寄ってくるんだから。

 それを知ってから、紹介されることにうんざりしていた。


 ──そんな中学生のときだった。


 隣の家に住む家族、その子供と知り合う機会ができた。

 

 冴島奏汰。

 当時まだ小学生だった彼。

 優菜は彼の事情を聞くと、土日だけということで遊び相手になることを引き受けた。


(まあ、この子が中学生になるまでならいいかな)


 それぐらいまでにはきっと、友達もできて、自分の家に遊びに来ることもなくなるだろう。

 優菜はそれぐらいの気持ちでいた。


 ──だが、状況は年を重ねるごとにいくつもの変化を生んだ。


 最初の変化は、優菜自身が奏汰の面倒を見ることに楽しさを感じているということだった。

 それは弟ができたような、そんな感覚だった。


 お姉ちゃん! お姉ちゃん! 

 そう呼んでくる奏汰を少しだけかわいいと思っていた。


 次の変化は、お互いの家族が親密になりすぎたということだ。

 いつからか家族同士の付き合いになり、海に行ったりキャンプに行ったり、様々な場所へ一緒に旅行へ行くことが多くなった。

 それも影響してか、小学生の奏汰は更に優菜に懐き、優菜自身も奏汰のことを本当の弟のようにかわいがった。


 ──そして大きな問題が生まれた。


 それは奏汰が小学生の高学年になったときのこと。

 まだまだ姉離れできない弟だと思っていた彼が、次第に自分を避けるようになった。


 いつか来ると思っていた瞬間。

 だけど実際に来ると、なぜだか寂しくて辛い気持ちになる。


 それが姉離れする弟なのだと感じ、仕方ないと思っていた。



「お、おれは!」



 だけど、顔をタコのように真っ赤にした奏汰は、優菜に言った。



「優菜さんのことが好きなんだ! いつか絶対、大きくなったら告白するから! だから待ってて!」



 その告白を聞いて、奏汰も男なのだと、恋愛対象として自分を意識しているのだと優菜は感じた。

 それを知ってから、優菜から彼を家に誘わなくなった。

 愛情を注いでいた弟が離れてしまうのは辛かった。悩んで苦しんで、そうして出した決断だった。


 理由は簡単、奏汰に自分のことを”諦めさせる”ためだ。


 なにせ小学生と中学生、そして高校生。もう少ししたら中学生と大学生だ。

 お互い大人ならそのぐらいの年の差の恋人関係は無いわけではないが、今はお互いに学生だ。恋愛に発展するには年が離れすぎている。

 世間的にも、あまり良くないことだと優菜もわかっていた。

 であればこのまま会わなくなって自分のことは忘れさせた方がいい。同じぐらいの年の子と恋愛した方が彼の為だと考え、優菜は一歩身を引いた。


(いつか奏汰くんにもいい人が現れるから、そうしたら、本当の姉離れだね)


 距離を置いた二人。

 だけど誤算だったのは、親同士の仲が変わらず良いということだった。

 どんなに姉離れを促しても、両親がなぜか自分たちを離そうとしなかった。


 春夏秋冬、優菜は奏汰を見続けた。

 そして奏汰の成長速度は予想より早く、小学生の後半になると優菜の身長と並んだ。

 そんな奏汰を、優菜はいつからか弟ではなく、異性として意識するようになった。


(……大きくなったら、告白するって言っていたよね?)


 そのことを思い出した。

 大きくなったらというのは、身長のことだろうか。

 それにパッと見だと、そこまで二人は年が離れているようには見えない。であれば、そろそろ告白されるのではないか。もし告白されたらどうしようか。既に親公認の関係だから問題ないだろうか。


 そんな風に、大人として……という気持ちで抑えていた感情が揺らぎ始めた頃。


(……え?)


 奏汰が別の女と仲良く一緒にいるのを見てしまった。

 それは少し年上の中学生で、図書館で出会ったのだという。

 優菜はそのことを知って無性に腹を立てた。


(年が離れすぎてるからって、恋愛に発展しなかったら彼が傷付くからって、そう思って私はあんなに悩んで悩んで身を引いたのに……どうして他の女と、しかも年上の女と仲良くなっているの?)


 奏汰の同年代相手の恋愛を応援しようと思っていた時期もあった。

 だが、奏汰はそれをしなかった。

 それどころか、相手は年上の女だった。


 そこで優菜は、自分が嫉妬しているのだと理解した。

 そして自分が、他の人よりも”少しだけ”嫉妬心が強いのだと自覚した。

 


「……ねえ、奏汰くん。最近、どうして家に来ないの?」

「えっ、それは」

「今日ね、私の両親、帰るの遅いんだって。だから……家に来て、ね?」



 彼から告白してくれるまでは、今まで通り待とう。

 だけど他の女性に心変わりしないように誘惑は続ける。


(一度は身を退いて告白するチャンスをあげたのに、他の女に目移りする奏汰くんが悪いのよ)


 奏汰が子供のときから優菜は彼を大切に想っていた。


 それは弟として?

 そう聞かれたら”はい”と答える。

 それは男性として?

 そう聞かれたら”はい”と答える。


 奏汰は優菜にとっての弟でもあり好きな人でもある。

 だけど優菜から奏汰に好きと告白することも、何かの快感を求めることもしない。

 告白は自分からすると言った。それが二人の間に生まれた初めての約束だから。

 優菜はその約束が果たされるのを律儀に待っている。待ち続ける覚悟はできている。


(だけど少しぐらい、ちょっかいだすのはいいよね……?)


 ……自分からは何もしないと言っているくせに奏汰のことを煽ったり誘惑したりして、それが原因で奏汰を悩ませているのは優菜も深く自覚している。

 だけどこればっかりは止められない。

 奏汰のそういう反応が、優菜は一番好きなポイントだから。












 ♦













「優菜さん、お風呂どうしますか?」



 お風呂を沸かしても、優菜さんは起きなかった。

 だから先に入り、少ししてから優菜さんが目を覚ましたので聞いてみた。



「ん、沸かしてくれたの?」

「はい、起きたら入れるかなって。もしかしてまだ酔ってるから難しいですか?」

「ううん、もう大丈夫。ごめんね、気を使わせちゃって」

「いえ……え?」



 体を起こした優菜さんが、何も言わず両手を前に出す。



「連れて行って?」

「な、こ、子供みたいなこと……」

「今は無性に甘えたい気分なの。お願い」

「……仕方ないですね」



 ため息をつきながらも、さっき優菜さんが寝ているのをいいことに服を脱がそうとした一件があるから強く断れない。


 背中を向けてしゃがむと、ゆっくりと、優菜さんの体が俺に乗りかかる。



「重い?」

「全然」

「良かった。奏汰くん、筋肉付いたね」

「いつの話をしているんですか? 俺だってもう高校生ですから」

「昔はあんなに泣き虫だったのに」

「ちょ、それは関係ないじゃないですか」



 おんぶした優菜さんは、クスクスと笑う。



「そういえばね、変な夢を見たの」

「夢? どんなのですか?」



 お風呂場へ移動すると、優菜さんは俺から降りる。



「えっとね、奏汰くんが私の服を脱がそうとする夢」

「ぶふぉ!」



 脱衣場を出ようとしていた俺に、爆弾を投げる。



「とってもリアルな夢だったのよ。奏汰くんの手が震えていて、何度も唾を飲んで……すっごく興奮していたの」

「そ、そんな、変な夢を見たんですね! きっとめちゃくちゃ酔っていたんですね!」

「それでね、服を抜がしたら奏汰くん、私の胸を鷲掴みにして──」

「──鷲掴みにはしてませんから、俺!」



 咄嗟に反論してしまった。

 そんな俺を見て、優菜さんは妖艶な笑みを浮かべ、



「どうして、そこだけ大声で否定するの?」



 ゆっくりと俺へと近付く。



「もしかして、あれは夢じゃなくて本当に私のことを犯そうとしていたの?」

「ちっ、ちがっ!」

「私が酔って眠っているのをいいことに、この身体を好きに弄んで……」



 俺がさっき開けたシャツのボタンを、優菜は自分の手で開く。

 胸の谷間と下着が見え、さっきの光景が一瞬にして思い出された。



「──ッ! 違いますから!」



 俺は優菜さんから逃げるように部屋を出た。





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