第2話 謁見



とあるマンションの一室。午前中から昼を過ぎた今まで、慌ただしく荷物がひっきりなしに運ばれてくる。


「おい、どこ隠れてんだ? 連れてこられた猫じゃないんだから、ちょっと手伝ってくれよ。もう配達も来ないんだから」


少年が一人、届いたテーブルや椅子を並べている。水屋もまだ定位置が決まっていないし、ベッドだって組み立ての途中だ。


「あたしだって、家具とか選びたかった……」


どこかの隙間からフェイフが顔を出すなり、恨み言をこぼした。


「包んでた紙とか、運べるやつをそこの袋に入れといてくれ」


 少年は彼女に視線を向けないまま、必要最低限の指示だけを出した。前回、この同じシチュエーションで調子に乗って女が選ぶと長いなどと軽口を叩き、フェイフが一日中へそを曲げたからだ。


「住むところくらい、前と違う所にしたら良かったのに……」


ぶつぶつ言いながら、フェイフは散らばった結束バンドや保護材を集めていく。


「……俺だってそう思ったさ。でもリスクは無いだろ? 前と同じの方が」


あの日――時間の巻き戻しが起きた日。あれから三週間ほどで、二人はここまで漕ぎ着けた。未来を知る彼らには、この程度の資金を作るのも多少強引な手を使えば造作もない。前回は二か月もかかったが、もう慣れたものだ。


「買い物も便利だし、駅もそんなに遠くない。それに……学校まで行くバス停が部屋の前だろ」


フェイフには重そうなダンボールの束を軽くまとめながら、少年はこの部屋の利便性を淡々と説明した。



「あ、そうそう⋯お前用にいくつかいいもの買ったんだよ」


 そう言うと、冷蔵庫の上に置かれたダンボールを少年が開け始めた。


「⋯⋯なに?」


 フェイフは少し気になった。それが【初めて】聞く話だからだ。


「いや、一人の時⋯腹へったら困るだろうって思って⋯ほら!」


「ああっ!これは⋯⋯憧れのママキッチン!!」   


 それは女児向けの本格玩具で、実際に小さなホットケーキ程度なら焼ける電熱器を用いたミニグリルだ。

 それが視界に飛び込むやフェイフは表情が一気に明るくなった。こんなサイズでも、身体が小さな彼女には丁度使いやすい。


「わぁ〜おじさん、ありがとう!」


「まだあるぞ⋯ホレ!」


 少年はそう言うと、まだパッケージされたままのドールハウスを差し出した。 


「やった!すごい、すごいよおじさん⋯開けて、早く!早く!」


 まあまあ⋯と、彼女を落ち着かせてチューダー調の建屋と部屋の写真が印刷された封を開けた。フェイフは自分にぴったりサイズのドールハウスに飛び込んで、何がどこにあるか夢中で探索している。

 家具もしっかり作り込まれ、ソファも大好きな読書に使えそうな机も、充分生活で実用できそうだ。




「やれやれ⋯妙な言葉ばかり覚えても、やっぱりまだ3歳は3歳か」


 おじさんと呼ばれる少年と、思春期の少女ぐらいには見えるがまだ実年齢で言えばまだ3歳のフェイフ。

 ちょっと理解が追いつき難い二人だけれど、その分お互い切っても切れない絆の様な物を感じさせられる一時であった。







「で⋯⋯、結局俺が一人でやるんだよなぁ」


 あらかたの片付けをほとんど独力でこなした後、少年は鍋を火にかけた。乾麺の蕎麦と、スーパーによくあるビニールパウチの出汁。新品のまな板や包丁を良く洗ってかまぼこやネギを切る。

 引っ越し蕎麦、と言う事だろう。お惣菜売り場で海老天も買って来ていた。


「おい、飯にしよう。引っ越し初日だからな、蕎麦だぞ!」


 その声に反応してドールハウスの窓から身体を乗り出す、出前の様に器を受け取る。それでも窓ギリギリでちょっと大きいが、麺類の食器はいつもおちょこを代用している。

 そして蕎麦だが、そこは食べやすいよう短くして、数本をそれらしくしていても彼女に通常サイズのそれはかなり太く感じられる。


一本饂飩うどんみたい⋯」


 フェイフが江戸時代によく食されていた物を言葉にして、少年は少し驚いて感心した。

 自分がそれを知ったのは、かなり大人になってからだった。いつもながら彼女の学習の速さにはびっくりさせられる。


「お前⋯そんな事知ってたんだな。そりゃ昭和の人間みたいな事まで言うわけだ」


 そう言って少年は笑った。それに彼女はなにか言い返すかと思ったが、食べだすと無口な物でずっと一所懸命に蕎麦を啜ろうとしている。




「⋯ごちそうさま、フェイフ器ちゃんと流しに置いとけよ。風呂いってくる」


 先に食べ終えた少年は、そう告げて椅子から立ち上がって流し台に向かう。


「⋯後で、お背中流しますから」


「いや、いい⋯いいから。だからいいって!」


 フェイフは古風な女を良く演じ、風呂と言うワードを聞くと時々こんな風に彼を困らせるのが好きだった。


 



 





「ふぅー!フェイフ、お前も早く入れよ!小さい桶の代わりになりそうなの買っといたからさ⋯蛇口重いだろ⋯ぉい!」


 風呂上がり。少年が目にしたフェイフは返事も無く痙攣した様に震えている。



「おじさん⋯早く服着て、早く⋯ちゃんとしたの、制服とか⋯」


 フェイフは少し苦しそうにそう言った。


「な、なんだよ⋯お前それより大丈夫なのか?」


 そう心配する少年に、尚もフェイフは早く出来る限り身だしなみを整えてくれと繰り返し、その理由を語った。 


「⋯あたしの星から通信が来てる、しかも女王様から。地球人にも分かる様にリアルタイムの亜空間通信⋯⋯だから半裸じゃ不味いの!」


 そう言われて少年は心底驚いた。人生においてそんな権威と会った事も話した事もないからだ。


「え!?⋯ちょっと待て、ちょっと待って!」


「早く!もう映しそう!もう⋯早く!」 


 慌てる少年と急かすフェイフ。彼女はもう待てないとばかりに瞳を見開くと、壁に向かって怪光線を放った。







「―――やっと繋がりましたね。貴方とお話しできる時を、私〈わたくし〉はずっと楽しみに待っておりました⋯」


 映像に映し出された女性は、静かな口調でそう言った。

 淡桃色の長い髪、憂いのある瞳と筋の通った細い鼻。華奢な肩を顕にしたドレス。

 間違い無く高貴な人物だ、女王である事を証明されなくても一見で相応の身分があるのが分かる。


「あ、あ⋯フェイフ?」  


 少年はフェイフに助けを求めて振り返るが、彼女は瞳から光を放ち、一心不乱に神秘的なスキャットを口ずさんでいる。

 この女性を讃える為の儀式的な物なのだろうか?とにかく、助けを借りられなさそうな程には忙しくしている。


「私はエリュウスの女王、マチコ・エーレ・ヴァルキリエ⋯⋯」


 彼女はそう名乗った。静かにその背後に映る茜色の海が、柔らかな潮風を送り長い髪を揺らす。

 少し間があるのは少年からも自己紹介があると考えての事だろう。

 だが彼はあわあわと動揺したまま言葉を出せなかった。


「勇者フェイザード、あなたの活躍はそのフェイフからの報告でよく存じています⋯此の度は、我がエリュウスの未来を救っていただいた事⋯⋯この星に生きる者全てを代表して、感謝の言葉を贈ります⋯⋯」


 少年はあの夜のサインがここまでの情報量だった事に驚きつつ、素直な気持ちを吐露してしまう。


「いや、俺はあの⋯勇者なんかじゃ⋯⋯それにフェイザードだって、フェイフが――」


 自分の背後で、直立不動でずっと歌い続けているフェイフに視線をやった。  



「いいえ⋯⋯その娘を生み出したのは私ですから、誰よりもわかるのです。フェイフの身体を構成しているオトメハガネは悪しき心の者では使えぬ様にしてありますから⋯⋯


 そして⋯時に、フェイザード⋯そのフェイフからの話に拠れば、あなた方の周辺では時間が繰り返しまう現象が起きているそうですね⋯?」


 少年はその言葉にハッとした、その口ぶりならばループ現象は自分達だけの物だけなのだろうか?


「⋯はい。単なるタイムスリップみたいな物だと思っていましたが⋯⋯女王陛下達になにかご迷惑はおかけしていませんでしょうか?」


 彼は宇宙全てがループ状態なのか気になって聞いてみたが、答えは意外な物だった。



「いいえ⋯⋯私達の銀河では、あの日⋯あなた方の時間で1年前にフェイフからコンタクトがあって以来、時は正常なままです」


 少年は返す言葉が見つからなかった、と言うより思考が散らかって理解が出来ないままだった。


「⋯おそらく、未来世界での衝撃が、あなた方を過去に飛ばしてしまった⋯⋯その次元の歪みが、何者かの情念でそちらに影響を与えているのだ、と私は存じます⋯」


「情念⋯?」


 自分にはあまりにも突飛に思えてしまう考察に、少年はただ同じ言葉を復唱して返してしまった。


「はい⋯⋯そもそもあなたがこの時代に来れたと言う時点で、それは誰かがあなたを呼んでいたと言う事に他なりません⋯そうで無ければ、今頃はいつどの時代、下手をすればまったく違う次元を彷徨う事になっていてもおかしくは無かったのです⋯⋯」 


 マチコの手の平にビジョンの様な物が立体的に構築されて行く。それは時空であったり次元であったりする物のイメージだったが、あるポイントで発生した念が重力の様な引き寄せを起こした、と仮説を絵として説明している。


「そんな事が⋯⋯」


 彼には到底理解は難しい。それは無理もない事とマチコは目を閉じて、こう伝えた。


「私達の時の流れの隔たりがその証です、それはこの宇宙の記憶はそれぞれ別の場所に集積されているからなのです⋯⋯

 よって、あなた方の場所のみでそれに干渉する歪みが生まれ、そこに時を引き戻すほどの強い想いが逆流したのでしょう⋯⋯」


 マチコが敢えて抽象的に説明しても、少年はただ呆然としたままだった。


「解決する方法があるとしたならば、その思念を止めるしかありません。⋯⋯しかし、そちらからのデータでは他の者は記憶を失っている、とありました⋯。こちらでも調査はしましたが、その者が無意識であった為特定には及びませんでした⋯」


 と言う事は、その願いないし祈りなどの思念の発信源が誰なのか⋯途方もない、なんの手掛かりもない探求をしなければならないと言う事になるのだろうか。

 少年の頭の中では、後何回ループすればいいのかと言う疑問が浮かんだ。




「しかし、急がねばなりません⋯フェイザード。そのまま時空に干渉し続ければ、いつか空間ごと崩壊してしまいます⋯⋯」


 マチコから告げられた言葉は、衝撃だった。




「そんなッ!一体、俺はどうすれば――」


 その言葉を遮る様にマチコは、小さな咳払いをした後に話しを進めた。




「フェイザード⋯⋯もしもの時、あなたはこのエリュウスに避難すればよいのです。以前、あなたはそのフェイフにこの星に行っても良いと言っていたではありませんか。

 そして⋯その暁には、是非私の騎士と言う物になっていただきたいのです⋯⋯!」


 マチコは本心、少年を迎え入れたい気持ちを抑えながら、そう諭そうとした。

 すっかり藍色に染まる空の下、見つかりはすまいが手を握り込んでしまい、彼女はそれを悟られぬ様にもう一方の手の平で包んだ。



「⋯女王陛下。あの、俺みたいな人間が陛下のお側にはとても⋯それにえっと、俺は地球で生まれて、その⋯いい事なんかなかったけど⋯

 いや!それは光栄で⋯この身体が二つあれば馳せ参じもしましたが、今はこの世界を放っておけませんので⋯⋯」


 少年は体よく断れた、途切れ途切れの言葉を並べてそう思っていた。


「⋯本当ですか!?身体が二――――――フフ――フタ――プッ⋯⋯」


 


 突如、そこで音声も映像もプッツリと切れた。





「あれ?フェイフ、切れちゃったけど⋯おい!フェイフ、どうした!大丈夫か!?」


 目をやるとフェイフは倒れ込んでいた。


「亜空間通信⋯エネルギー使うから、話しが長⋯くて⋯バタッ」


 そう自分で言ってフェイフは気を失ってしまった。

 少年はフェイフの身体をドールハウスにそっと入れて、小さく弱々しい息遣いを確かめながら、元から使っている布団代わりの柔らかい布を被せた。




「⋯⋯⋯しかし、じゃあ一体誰が俺をこの時代に⋯何故俺を呼んだんだ⋯⋯⋯?」


 少年は、これからどうしたら良いか⋯言いしれぬ不安がその胸をよぎるのであった。








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