あなたのせいで4月が来ない 〜2ループ目〜
武神凰我
第1話 目覚めたら
「もぅ!⋯初夜の朝にそんな起こし方しないで!」
彼女は、そう不満を漏らしながら目覚めた。その500ml缶程度しかない小さな身体を、ドアをノックする様に叩く指。何度も彼女の事を「フェイフ」と、一風変わった名前で呼び続けている。
「なに言ってんだ、そんな関係じゃなかっただろ!周りを見ろ、また戻ってる!また戻ってるんだよ!」
朝からけたたましく少年は叫ぶ。
「⋯アレ?おじさん、なんで?どういう事?」
目を覚ましたフェイフは、背中の翅を羽ばたかせ辺りを確認して疑問に思った感想をそのまま言った。
「俺だって、わからないから聞いてんだよ⋯」
そう不安混じりに漏らすと、期待がハズレたと、見た目に反しておじさんと呼ばれた少年は支度を始めた。学生服をベッドに投げて、手早く着替えていく。
「レディの前⋯」
微睡みにまだ軽く囚われたままの自分が座っている所に、学生服の上着が飛んで来て彼女の小さな身体に被さった。そもそもそう言って諌めても、彼は聞く素振りもない。
それは二人での暮らしが、気を使わないほど長く、慣れていた事を示している。
「お前⋯せっかく元の大きさに戻れたのに、また妖精みたいになっちゃったな」
上着を取ると、そこに座って呆然とするフェイフがいた。
「でも、前と違う⋯」
部屋、日付と外の景色。全てがこの2年間と同じであるが、唯一違うのは自分が目覚めたタイミングだ。
前回フェイフ自身がやっと回復して目覚めたのは今日の夕方だったし、目の前の学生服姿の少年は自分を見るまで記憶が失われていたハズだ。
「そこん所は昼には帰ってから、それからゆっくり話そう。俺はとりあえず学校行ってくる!そうだ、腹が減ったら⋯」
そう言うと、少年は一番困った事柄の様に戸棚を開けた。やっと手頃な物を見つけて、投げてよこした。
「あ、パウンドケーキ⋯」
フェイフの身体からしたら旅行に使う大きなバッグくらいか、一切れをビニール梱包した物だった。
「じゃ、帰りなんか買ってくるからおとなしくしてろよ!」
そう言う少年を真っ直ぐ見つめて、マイペースな彼女はこう言った。
「⋯キスは?」
そう言って玄関ドアまで飛んで来た彼女の腹を、少年は何も言わず指で押した。
そしてドアは閉まり、置き去りにされたフェイフは空中で腕を組み、色々不可解ではあるな、と言うのもあってか表情を少し曇らせていた。
あの日、未来でのイプスの爆発の後。彼と自分、そして仲間のリノンは次元の裂け目に落ちてこの時代に流れ着いた。
そう思っていた。だが考えれば何かが、否⋯なにもかもがおかしい。さっきの彼の記憶が何故前回と違い繋がっているのか?過去に来た当初、オリジナルとの融合を期に記憶が失われていた。
それなのに、今回はハッキリ自分や未来の出来事を最初から覚えている。
疑問は山ほどあるが、とりあえず今は両手で支えるケーキが一番気になった。
「美味しい⋯でも、水分がない!」
そう言うとフェイフは、忙しく背中の翅をバタつかせて台所に飛んだ。
そしてあの少年は、もう校舎が見えるぐらいまで歩いていた。春の風が川沿いの桜を舞い散らせ、周囲はその紅色で染られていて、その景色はこの季節のもっとも美しい時だ。
「桜って、やっぱりこう言う色だよな⋯赤いって言うか」
少年は桜の前で立ち止まる。ソメイヨシノとは違う山桜の鮮烈な色の濃さを眺めながら、彼は何かを確かめようとしていた。
「おい、お前なにやってんだ?そんなトコでよ」
そう彼に声をかけたのは、同級生の小田だった。
「悠長に桜なんか見てンじゃねーぞ!」
今ではもうすっかり見かけなくなった、独特なデザインの学生服。この不良然とした佇まいに漏れず、小田は粗野な口ぶりでそう言ってはいるが悪意はない。
「よぉ、小田。お前はD、俺はCだぞ」
そう言うと、少年は悪態をつく友人に微笑んだ。丁度1年前、数十年ぶりにこの景色を眺めながら似たような事を彼に言った。もっとも、あの時はかなり遠い記憶を手繰りながらだったが。
「はぁ?まだ門に入っても無いだろ⋯」
その言葉をアテにはしていないと言う様子で小田は側を歩いた。
途中、校舎の入り口である下駄箱付近に貼られたクラス分けの表を小田が確認する中、予言めいた事を言った少年はさっさと教室に入って行った。
「え?ホントにDだ、アイツは⋯アイツもC!⋯⋯⋯なんで?」
面妖。そんな面持ちで、背中からも傾げた首が分かる。そんな小田もチャイムが鳴ると、そそくさ教室に向かって歩いて行った。
「あ、兄貴が楽しみにしてるコーヒー牛乳!フェイフ、お前飲んだな?うるさいぞ」
あの少年が帰宅すれば、テーブルには食べきれなかったパウンドケーキと飲みかけのコーヒー牛乳が置かれていた。
「⋯開けるの大変だった」
そう言う彼女に、ため息で返して少年は言った。
「まあいい、今から有り金全部下ろしに行く!その時、晩飯の買い出しついでに買えばいいさ。ただ、フェイフ⋯お前絶対他人に姿見せるなよ?」
少年の心配は残りを自分が飲み干したコーヒー牛乳ではなく、この娘が世間に露見する事だった。
この1年、彼女も自由があまりないせいか自分が特異な存在であると言う意識が薄れがちだ。だから釘を刺している。
「ほら、行くぞ!」
そう言うと、少年はシャツの胸元を開いた。
「わぁ、二人でお出かけ⋯」
そう言ってフェイフは彼の胸に飛び込むと、背中を付けてまるで吸い込まれる様に同化してしまった。
「でも、おじさん⋯お金集めてどうするの?」
それは袖から聞こえる。目をやったら手首に人の顔の様な形が浮き上がっていた。
「人面疽やめろ!普通にやれ!」
耳付近で声を出す、または骨伝導。なんなら脳内でも二人は会話出来る。他にも様々なコミュニケーションを編み出したが、これは不評だった。
「⋯お金、どうするの?」
網膜に直接、文章が浮かぶ。それを文章をイメージして返して行く。
「前と同じさ、家を出る。この歳で扶養家族もないからな!前回より早くやる」
見た目は少年でも、彼は兄より年上だ。それに親のいない彼等には、今の暮らしを早く改善しなければならなかった。
そしてフェイフの事もある、せめて屋内だけでも自由にしていられる様なプライバシーは確保してやりたい。
「なに⋯前と同じさ、数年分の家賃ぐらい軽く稼いでやるよ。どうせ、あんな未来に帰ったって、下手したらなにも無くなってるだろうし⋯⋯」
そうすれば自分が誰かの重荷にはならなくて済む、今はこの時代で生きるしかなかった。
あの未来世界で最後に見た光、地殻までめくれ上がるような、あんな威力の爆発であれば戻るべき世界は荒廃したか、下手をすれば滅びていてもおかしくない。
「あたし達には好都合だけど⋯」
フェイフ自身の星は、この時代であればまだイプスが襲来する以前。二人で生み出した対策方法は、すでに彼女の仲間と共にその故郷へと送ったはすだ。
滅びる以前と言う意味では、この世界も同じ、彼女はそれを好都合と言ったのだ。
「まあ、良かったじゃないか⋯、滅ぼされる前になんとか出来るんだ。なんにせよ、時系列はバラバラでもお前の使命だけは果たせたんだし⋯」
彼女が地球に訪れた目的、それは高度な文明を持ちながら、永く続く平和の中で戦う意思を失った母星に宇宙怪獣イプスへの対抗策を持ち帰る事だった。
初めて出会った時、フェイフからそう聞かされた少年は不思議に思った物だ。魔法に等しい技術を持ちながら、彼女の星の人々は外敵のなすがままだったと言うのだ。
だがそれは、後に彼女を鍛えていく内に良く実感できた。オトメハガネと言う特殊な金属で作られた人工生命体であるこのフェイフですら、「戦う」と言う一点のみ、まるで想像力もその意思も無かった。
「思い出すなぁ⋯おじさんと出会ってもう2年だもんね。でも過去に来た1年分、やり直しになって消えちゃったけど⋯」
いつも以上に甘ったるく言われても、しばらく少年は無言だった。
思い出すのは遠い未来のあの日の夕暮れ、世の中にはじき出されたような暮らしの中に突然現れた淡く光る球体。
『ほら、どっかいけカラス共!』
カラス数羽に突かれていたその小さな光は、中に人影の様な物が揺らめいていた。
『なんじゃこら、人魂か⋯?』
だが、それは温かく柔らかで、なにより無害に思えた。触れもするし、動きもする。それは生き物ではないかもしれないが、愛らしく思えた彼は自分が寝泊まりする小屋に入れて様子をみる事にした。
『なんだなんだ?お前。お前も寝るのか?』
彼が寝床につくと、光の球は自分からその胸に乗り、正球の形から饅頭の様にダラりと垂れた。
「そうだな⋯⋯」
出会った頃の日々が脳裏をよぎり、感慨深い面持ちで少年はそう答えた。内心ではアレがしばらくすると人の姿をした、まさかそれも若い娘になるとは知らず、記憶を刺激されると恥ずかしくなる。
その後、少年と異星から来訪者はどちらも口を開かずに歩いた。フェイフは元来おとなしい部類の性格だし、少年は少年で、考え事に没頭するクチだ。良くこうなる事もあるが、二人はどちらかが無理に口を動かしたりはしない。特に今は不可思議な疑問だらけだ。
少年と妖精は、そのまま入り口近くのATMからスーパーマーケットに入って行った。とりあえず温めるだけなら、カレーなどでいいだろう。そう思って材料をカゴに入れて行く。
兄の為にこれを作り置いたら、この年頃は日課だったランニングついでに二人で話し合おうと考えていた。
「ふぅー!あ⋯フェイフ、ほらキャップ持てよ。喉乾いたろ?ついでやるから」
三キロ程度だろうか、走り込むと近くの広い公園でダッシュも何本かして腹筋や腕立て伏せも軽くする。
そして、この小高い丘で休憩をするのが好きだった。この季節、子供達も早々に落ちる日と一緒に家に帰ってしまい、薄暗い丘の上でフェイフと二人、話し込んでも障害がない。
「やん、汗⋯⋯」
「⋯しょうがないだろ?お前飛んで付いてくるワケにイカンだろ!」
少年の汗が滴る、胸元から急いで妖精の姿をした少女は飛び出した。少女らしく、不潔な物が苦手なのだが、それを見て少年は眉を少ししかめて言ったのだった。
「しっかしよ⋯なんだってまた1年前に戻ったんだ?俺達⋯お前なら、俺よりずっと知識はあんだから、なんかわからないか?」
少年がそう質問すると、フェイフはまだ考えている途中でこう答えた。
「これ⋯⋯わたしの推測でしかないけど⋯確証はないけど、あのイプスが自爆した時⋯もしかしたら裂けた時空、こっちに繋がってて、まだ影響が残ってるのかな⋯だから、世界が不安定になって⋯⋯」
それを聞いていた少年はペットボトルの水を空にすると芝生に横になり、夜空を眺めて言った。
「⋯あ、そっか、衝撃が空間なり時空なり、良くわからんが破ったなら、俺達が出てきた
ここにもまだ何かしら影響があるって事か?
じゃあ、まさかずっとこの1年繰り返すのか?」
少年が今なにを思って、その後、なにを言いたいか良くわかる。それはまるで時間の囚人のように何もかも無意味な世界に他ならない。
「そうだ⋯⋯エリュウスに、わたしの星に連絡しよう、そうすれば何かわかるかもしれない」
そう彼の鼻の両手で掴んで、フェイフは空を舞う。
ほんの少し夕日の残光の藍色の中、フェイフはその翅から麟の様な光を溢して、見たことがない星座記号の様な物を虚空に書き出した。
「これで何か打開策が見つかるといいが⋯で、なんて書いたんだ?」
彼女達が使う一見文字に見える物、これは以前見かけた時に説明を受けたが、少年には理解しがたい仕組みだった。
簡単にいえば我々の使う文字、記号にも似ているが立体的に情報を詰め込まれていて、今夜空に消えていこうとしているそれも、たった二つ三つの記号であっても驚くべき量を伝える事が出来る。
「うん⋯色々。あたし達の現状の説明とか、オトメハガネの補給とか⋯」
他にもあるようだが、彼女は情報の処理能力が人間とは桁違いに高い為、全ての項目までは話しきれないのだろう。
「そうか⋯」
だからか、たったこれだけ相槌して、少し後に彼は続けた。
「来年の4月か⋯なんとかしないとな」
そんな、何処へとも知れず夜空へ向けられた言葉には、彼の様々な気持ちが込められていた。
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