第9話 調査報告

 冒険者ギルド。

 会議室に2人と1匹が集合した。


「――というわけで、これがその『聖水』と『薬』です」


 ヤマトが報告した。

 調査結果。教会は怪しい。


「俺のほうは『灰』の運搬人を突き止めた。

 信じたくねぇが……奴らは例の武装集団と同じ衣装だった。

 尾行したら……本当に信じたくねぇが……教会へ入って行きやがったぜ……」


 ダイハードマンが報告した。

 調査結果。教会は怪しい。


「俺は教会の地下施設を発見したぜ。

 闇魔法を使える俺を教会へ行かせたのは、ナイス判断だったな。隠蔽の魔法で存在を隠して中まですんなりだ。

 そしたら教会長――じゃなくて教区長だっけ?」


「この街の教会の? でしたら、教区長ですね」


 ヤマトが答える。

 地域統括本部の長は教区長だ。

 その周辺の各支部の長が教会長である。


「どっちでもいいぜ。どっちも『教会の長』なんだから。

 実際そんなの区別してない信者も多いしな」


「あー……で、その教区長が隠し階段に入っていくのを見つけてな。

 後を追ったら、でかい地下室で何か作ってやがった。

 で、今の2人の話だと、怪しいのは『聖水』と『薬』と『灰』だろ?」


 クロが影の中から4つの容器を取り出した。


「地下室は複数あって、最初に見たのは、大きな釜で見たことない植物を煮込んでいる様子だ。俺はもともと肉食だから植物には詳しくないが、なんとなく嫌な匂いだったぜ。どう嫌とは説明できねーけど……これがその植物だ」


 1つ目の容器を開けると、中身は植物だった。

 ヤマトもダイハードマンも、それが何の植物なのかは分からなかった。

 確かに見たことのない植物だった。

 ただ、匂いは青臭いだけのように感じられる。特別に嫌な匂いとは感じられない。

 猫だから分かる、という部分があるのだろう。なにしろ猫の嗅覚は人間の2倍から数千倍と言われている。


「次の部屋では、その煮汁をさらに煮詰めていた。

 煮出した植物は取り除かれて、絞って乾燥させていたようだったぜ。

 その『絞り汁』がこれだ」


 2つ目の容器を開けると、中身は「濁った液体」だった。


「乾燥させた植物は、そのあと焼かれていたぜ。

 これがその『灰』だ」


 3つ目の容器を開けると、中身は「灰」だった。


「煮汁のほうはどんどん煮詰められて、ある段階までいくと白い固形物が交じるようになっていた。まるで塩の製造工程みたいだったぜ。

 そして、これがその『固形物』だ」


 4つ目の容器を開けると、中身は白い結晶だった。

 確かに塩のように見える。


「これらが『原料』と『聖水』と『灰』と『薬』だとしたら、奴らは『薬』を作ったときの廃液を『聖水』と読んでいて、廃棄物を燃やしたものを『灰』としてダンジョンに運んでいることになる」


「廃液……」


 クロの話に、ヤマトが重々しく復唱する。

 聖水だと言われて運んだのは、手紙だと言われて運んだのは……。

 自分は知らぬ間に「運び屋」にされていた。

 いや、ヤマトだけではない。冒険者ギルドで同様の依頼を受けた冒険者は他にも居るだろう。

 ヤマトの眉間に深いシワが刻まれた。


「あるいは副産物か……」


 苦々しい顔で、ダイハードマンが言う。

 さすがに自分でも「苦しい言い訳」だと思っているようだ。


「とにかく、これらが何なのか、調べないといけませんね」


 ヤマトが言った。


「けど、そんな技能は俺達には無いだろ? どこに頼むんだ?」


 クロが首をかしげる。


「そうだな。俺達だけで調べられるのは、ここまでだ。

 なにしろ相手が『教会』という巨大組織だ。こっちもデカい組織を後ろ盾にしなきゃあ簡単に潰されちまう」


 ダイハードマンが言った。

 そして「押収品」を回収する。


「俺が預かる。Sランク冒険者って肩書は、今こそ使い時だ。

 Sランクの肩書で支部長を動かし、冒険者ギルドを通して錬金術師ギルドに分析を依頼する。

 その先は、何が出るかわからんが……結果が出てから考えることにするよ。

 とにかくご苦労だったな、ヤマト、クロ。俺からの依頼は、これで達成だ。だが、もう1つだけ頼まれてくれ」


「何でしょう?」


「クロ。お前さんの闇魔法が頼りだ。回収したものを半分ずつに分けるから、片方を預かっててくれ。影から取り出した魔法を使えば、他人には持っていること自体が分からない」


「保険だな。了解だ。預かるぜ。

 だが『それ』が役立つ状況ってのは、つまりSランク冒険者が消されるほどの事態だ。しかも不死身の男がな。

 そうなったら、それ以上は期待しないほうがいいぜ?」


「わかってる。

 もし危なくなったら……ヤマト。お前の能力で逃げるんだ。

 そして、万が一いいタイミングがあったら、しかるべき所へ出してほしい」


「承知しました」


「……じゃあ、とりあえずこれで解散だな」


 そういう事になった。



 ◇



 数日後、状況は大きく動いた。

 いつも通りに冒険者ギルドを訪れたヤマトは、会議室へ行くように指示されて。


「おや? これは新しい動きがありましたか」


 そこにはダイハードマンと支部長がいた。

 それと、もう1人、ヤマトが知らない人物も。


「ヤマト。こちらは錬金術師ギルドの支部長だ」


 冒険者ギルドの支部長が、錬金術師ギルドの支部長を紹介する。

 錬金術師ギルドの支部長は「よろしく」と手を差し出した。

 ヤマトはその手を取って答えた。


「こんにちは。黒猫ヤマトです」


 そして4人が着席して。

 最初に口を開いたのは、錬金術師ギルドの支部長だった。


「例の『3品』だが……どういう経緯で手に入れたのかは、あらまし聞いている。私の立場としては、あまりこういう品を正式ルート以外で扱うのは好ましくない、と一応釘を差しておかねばならんが……今回は例外だ。

 重要なのは例の『3品』が、どれも違法薬物ということだ」


「「…………」」


 会議室に重苦しい沈黙がおりた。

 教会が。神の教えを広め、人々を救済するはずの教会が。国家を越えて広く信者を獲得している教会が。

 確定した犯罪行為は、取り締まるにはあまりに難しい。王権ですら、手を下すのが難しい相手だ。なにしろ「王権は神に授かったもの」として戴冠式を――総教主から王冠をかぶせてもらう儀式をおこなっている。

 その王権が教会を成敗しようというのは、領主が国王を成敗しようとするのと同じ構図だ。

 この問題は解決できない。

 4人ともそれを悟った。

 その沈黙を破ったのは、ヤマトだった。


「……解決の困難さはともかく……問題はこれでハッキリしましたね。

 ならば我々だけで『これ以上は無理だ』と決め込んで何もしないというわけにはいきません。単純な話、我々にできる事は1つだけでしょう? 両ギルドから領主様に報告するだけの話では?

 ああ、いえ、これでは『我々』というのは語弊がありますね。私は役割がないので……そういえば、私はどうしてここに呼ばれたのでしょう?」


 ヤマトが言った。


「口止めだよ」


 冒険者ギルドの支部長が答える。


「口止め?」


「入手方法だ。犯罪捜査は合法的な手段で得たものだけを『証拠』として使える。今回の場合、『灰』はダンジョンで拾ってきたから問題ないし、『聖水』は信者なら振りかけられる機会があるから問題ないが、『薬』はどこから手に入れたのかという事になる。あれは特殊な状況にいる人物にしか配布されないものだ。受け取った人は使わずにはいられないはずだし、我々が持っているのはおかしい」


 ひどい悲しみを和らげる薬だ。

 与えられるのは家族を失った人のみ。

 そして、その機会が来たなら、使わずにはいられない。

 いったい誰が使わずに保管し、しかもそれを錬金術師ギルドで分析してもらおうなどと考えるのか。


「何かうまい言い訳はないか?」


 ダイハードマンが尋ねた。

 ヤマトは、ケロッとしていた。


「それなら、この前の配送依頼で手に入れたので問題ありませんよ」


「この前の配送依頼?」


「失踪宣告の通知書を配送したときです。

 受取人は、服屋サードストリートの店主ジェーンさんでした。失踪宣告を受けたのは、彼女の父親でしたね。

 しかし彼女は、父親を嫌っている様子でして……彼女いわく浮気者の放蕩男だったと。それで受け取った通知書には何の感慨もなく、同封されていた『薬』も自分には必要ないものだから、と『おすそわけ』してもらいました」


「「でかした!」」


 3人の声が揃った。

 直後、教会の鐘が鳴った。


 カラーン……カラーン……カラーン……カラーン……。


 4回。午前9時だ。

 いつもなら、ただ時刻を知らせるだけの音が、今はやけに重く聞こえた。

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