第8話 調査

 数日後、冒険者ギルドに出向いたヤマトは。


「おう、来たか。待ってたぜ」


 いつものように掲示板へ向かおうとした矢先、ダイハードマンにがっちり肩を組まれた。


「ちょっと相談に乗ってくれ」


 そのまま2階の会議室へ連れて行かれる。

 鍛え抜かれた戦士に肩を組まれるというのは、一般人に毛が生えた程度のヤマトにとって、ほとんど裸絞をかけられたに等しい。

 脱出する方法はなく、戸惑いながら会議室へ引きずり込まれた。


「――というわけで、教会を調べてほしいんだ」


 ダイハードマンは、自分が見たものを語った。

 ダンジョン最奥にあった毒灰の樽。

 ゾンビのような武装集団。

 彼らの装備にあったライト教会のマーク。


「教会が違法薬物なんかに手を出してるとは考えたくねぇ……。

 だが、『じゃあ誰が?』ってことになるだろ? 俺はしばらくダンジョンにこもって『樽を運び込む奴』が来ないか、待ってみる。

 その間にお前は、武装集団のほうを調べてほしいんだ。遭遇した連中は倒しちまったから『帰る先』は分からねぇが、教会のマークをつけていたってことは、教会から出てきたのか、それとも教会に偽装した奴らなのか……どっちにしても教会を調べれば何か分かるだろう。

 お前の能力なら、そういう調査をするには便利じゃあないか?」


「違法薬物、ですか……」


 ヤマトは、シーレ・ヌーレ夫妻のことを思い出した。

 3ヶ月前とは別人のように痩せた死体。

 教会からの大量の手紙。

 同封されていたらしき「ひどい悲しみを和らげる薬」。


「ヤマトよぅ」


 クロが、ヤマトの頭上から飛び降り、テーブルの上へ移った。

 ダイハードマンを一瞥しつつ、エジプト座りだ。


「なんですか?」


「あの夫婦の息子は『流行り病で』っつー話だったよな?

 けど『他にも誰それが』みたいな話は聞かなかったじゃあねーか」


「そういえばそうですね」


「人間が自分で考えて話す時ってのは、必ず『無駄な情報』を入れるものだぜ。それが自然な会話の『雑味』ってもんだ。肉に塩を振るのと同じだな。雑味のない会話は味気ないから盛り上がらねぇ。

 あの夫婦について聞かれたから、あの夫婦についてだけ答える。他のことは一切話さないというのは、話の純度が高すぎる。作り話か、隠し事か……いずれにせよこの味は、嘘をついている『味』だぜ」


「では、そっちは私が調べましょうか。

 クロは武装集団のほうをお願いします」


「別行動だな」


「待て待て。従魔を単独で動かすのはマズイぞ。街の中では得にな」


 野良の魔物と間違われるとトラブル必至だ。

 街の中なら大騒ぎになるし、内外問わず討伐される可能性がある。


「ダイハードマンさん。黒猫が1匹うろつく程度、何の問題がありますか?

 人間が嗅ぎ回るよりはるかにバレにくいですし、むしろ適任では?」


 街をうろつく猫は珍しくない。

 野良猫にせよ飼い猫にせよ、猫は自由な生き物だ。


「そう言われると……うーむ……」


「バレなければいい。

 そんな考え方は倫理にもとる、とお考えですか?」


「…………」


 ダイハードマンは言葉を失った。

 図星だ。まさにそこが気にかかっている。

 だが、「そうだ」と返事をするのは、ためらわれた。

 微妙に違うような、何か見落としているような――


「ならば私としてもまったく同感なのですが」


「ふむ……?」


「そもそも『バレないように調べよう』というお話なのでは?」


「ああ……」


 ――それだ。

 バレてもいいから調べようというのなら、ヤマトを頼る必要はない。

 相手が隠そうとするだろうから……などと考えていたのは思い違いで。

 そもそも調べるべき立場にないのだ。ダイハードマンは冒険者で、犯罪捜査は騎士団の仕事なのだから。


「では、行動開始ということで」


 報酬その他の内容を取り決め、冒険者ギルドで手続きを終えて。

 2人と1匹は動き出した。



 ◇



 ヤマトは村へ調査に向かった。

 能力を使って光の速さで移動すれば、村との往復には時間がかからない。


「クロにはバレましたかね……」


 村への調査を申し出たの理由は、もう1つある。

 ダイハードマンの代わりにダンジョンで待機するのは、怖いから嫌だ。能力を使えば可能ではあるが。

 教会への調査も、怪しまれたときにうまく誤魔化す自信がない。怖がりなので緊張してボロが出るだろう。その点クロなら、ただの猫のふりをすればいい。


「……まあ、実質的な理由もありますが」


 ダンジョンや武装集団を相手にする場合、その後の展開によっては戦闘になる可能性がある。

 その場合、できれば生け捕りにして情報を吐かせたいところだが、ヤマトは能力を使わなければ弱いし、使えば手加減ができない。質量を「減らす」能力ではなく「ゼロにする」能力なので、オン・オフの切り替えしかできないのだ。

 その点、村人が相手ならまだ何とかなりそうだ。


「さて、とりあえず死体の確認からでしょうかね」


 シーレ・ヌーレ夫妻の息子が、本当はどうやって死んだのか。

 シーレ・ヌーレ夫妻がなぜわずか3ヶ月で別人のように激痩せして、しかも死んでいたのか。

 村人に聞いても「嘘の味」がするのはすでに実証済みだ。ならば村人にはヤマトの存在自体を知られないように調べる必要があるだろう。だが能力を使ったまま調べるのは不可能だ。解除しなければ調査できない。

 なぜなら質量ゼロの状態は物体をすり抜ける。光は眼球をすり抜け、音は鼓膜をすり抜けるのだ。何も見えないし、何も聞こえない。もちろん物に触ることもできない。


「人口が少ないのは、こういうときには助かりますね」


 まずは墓地へ。

 墓参りに来る人がいれば、その質量を探知して察知できる。

 だが人口が少ないせいで、墓場は無人になる時間のほうが多い。

 順に墓を巡って墓碑銘を確認してまわり、夜を待って掘り起こす。

 バレないように後で埋め戻すことを考えると、能力を使って掘りたい部分を吹っ飛ばすという方法は使えない。幸い村には農具が豊富にあり、土を掘る道具には困らない。


「……ふう。やっと掘り起こせましたね。

 ではご開帳……ああ、やはり……」


 月明かりに照らされた息子の死体は、夫妻と同じくやせ細っていた。

 ならば次に必要なのは、悲しみを和らげる薬とやらだ。回収して成分を調べねばならない。


「……ん? そういえば、夫妻は息子を失った悲しみで……というのは分かりますが、息子はなぜ薬を?」


 これも村人に聞き込みをするのは無駄だろう。どうせ「流行り病で」としか答えないはずだ。

 ひとまず夫妻の家を調べてみよう。


「日記でもあればいいのですが……」


 調べてみたら、日記はすぐに見つかった。

 読んでみると、夫妻と息子は教会に協力的で、よくボランティアで手伝っていたようだ。ボランティアの後で、教会長から聖水をふりかけてもらった、という記述が何度かみられた。


 ――今日も教会の手伝いに行った。今日は……(中略)……終わるといつものように教会長様から聖水をふりかけていただいた。これで明日も元気に働ける。


 ――今日も教会の手伝いに行った。だが聖水を使い果たしてしまったとのことで、次の聖水が届くまでふりかけてもらえない。残念だ。


 ――このところ、どうも元気が出ない。体はなんともないが、いまいち気持ちに張りが出ないのだ。どうしたことだろう。


 ――聖水が届いた。さっそく儀式がおこなわれ、村のみんなに聖水をふりかけていただいた。活力が湧いてくる。みんなで朝まで歌って過ごした。


「あの聖水も、そっち系ということですか……」


 ならば、あとで回収しなければ。

 と、そこで接近する質量を感知した。

 玄関のドアがノックされる。


「おい、誰だ? こんな夜中にヌーレさんトコで何やってんだ?」


 近所の人か。

 窓から漏れる光でも見えたのだろうか。

 ゆっくりとドアノブが回る。

 ドアが開き、外の音が入ってきた。こんな田舎村でも虫の声やら木々のざわめきなんかで意外とにぎやかだ。

 ランプの光が差し込んで――


「誰か居るんだろ? 返事をしろ」


 しばらく男がうろついた。

 あちこち照らして回って、満足したのか諦めたのか、首をかしげて出ていく。


「……気のせいだったか?」


 バタン、とドアが閉まる音がした。

 質量が遠ざかっていく。


「……ちょっぴり驚きましたね。

 しかし『Lost in the echo』……質量ゼロになった物体は誰にも見えません」


 ヤマトは念の為もう1度周囲を探知して、誰も居ないことを確かめた。

 それから改めて日記を開く。


 ――今日も教会の手伝いに行った。息子が大失態を犯した。ただの水と間違えて、聖水をがぶがぶ飲んでしまったという。教会長や村のみんなにお詫びをして回ったが、とても気まずい。その上、息子の行動がおかしい。いったい何が起きているのだろう?


 ――息子が死んでいた。朝起きたら、息をしていなかった。聖水をがぶ飲みした天罰だろうか。神よ……息子は間違いを犯したが、ただの水と間違えただけなのです。聖水と知っていて飲んだわけではないのに……。


「……過剰摂取ですか」


 ここまで来れば、あとは単純だ。

 この日記と夫妻が受け取っていた教会からの手紙、あとは聖水と薬を回収して帰ればいい。聖水は配送したので、容器(樽)の質量を知っている。探知すればすぐ見つかるだろう。薬は……そういえば1つ持っていた。

 分析は専門家に任せることになるだろう。とりあえずはダイハードマンに提出するところまでがヤマトの仕事だ。


 こうしてヤマトは、こっそりと仕事を終えた。

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