第7話 手紙
ダイハードマンの調査は、いよいよ最終局面を迎えていた。
ダンジョンの最奥、ボス部屋の調査だ。
すでに魔物は見当たらなくなり、代わりに防毒の魔道具が激しく反応している。
「毒のせいで魔物は逃げ出した……そして、これが毒の正体か」
それは無数の樽だった。
一部が破損し、中身がこぼれている。
灰だ。
何かを焼いた灰が、樽にぎっしり詰められているらしい。
「有毒な灰……いったい何を燃やしたものなんだ?」
ダイハードマンは、その灰の一部を回収した。
冒険者ギルドに提出して分析に回せば、なにか分かるだろう。
「あとは、なぜ急にこんなものが現れたのか。
……いや……急に、でもないのか……」
樽は古いものから新しいものまで様々だ。
かなりの期間、ここへ樽が運ばれ続けた様子がうかがえる。
「いったい誰が――」
言いかけて、ダイハードマンは気配に気付いた。
ボス部屋の入口を振り向いたダイハードマン。
そこからゾロゾロと大勢の武装集団が現れた。
「――とは、考える必要がなくて助かるぜ」
明らかに様子がおかしく、まるでゾンビのように歩く武装集団。
その装備には、ライト教会のマークが入っていた。
◇
ヤマトはその日も配送依頼を受けていた。
「ライト教会からの依頼ですね。配達していただくのは、修道女をやっているシヌーレという女性から家族への手紙です。ライト教会へ行って手紙を受け取ってください。配達先はイナカ村です。報酬は銀貨5枚ですね。受領サインを貰うのをお忘れなく」
「また? ……もうそんな時期なんですね」
シヌーレの家族に手紙を運ぶのは2度目だ。
前回はシヌーレの母親シーレが手紙を受け取り、こう言っていた。
――あの子は3ヶ月に1回こうして手紙を送ってくれるのよ。
とにかく受注手続きを終えて、ヤマトはライト教会へ。
手紙を受け取り、イナカ村へ向かった。
川沿いの道を進んでいくと、川が本流へ合流する。
この本流は幅が広いためか、橋がない。
「おい。今回は投げるなよ?」
クロが言った。
前回、ヤマトはクロを投げて川を超えさせ、クロが空中にいるうちに能力を使って自分は先回りして受け止めた。
クロがいくら猫といっても、無事に着地できる高さには限りがある。前回の方法は、クロにとってスカイダイビングやバンジージャンプみたいなもので、ヤマトが受け止めるのに失敗したら死ぬかもしれないという方法だ。二度とやりたくない。
「分かりました。
ではクロは泳いできてください。私はお先に失礼します。『Lost in the echo』」
「おいぃぃぃ!?」
言うが早いかヤマトの姿は川向うへ移動していた。
取り残されたクロの叫びがこだまする。
◇
武装集団がダイハードマンに襲いかかった。
正気を失って凶暴化した様子は、まるきりゾンビだ。
しかしゾンビと違って、動きは機敏だった。
「くっ……! けっこう手練れだな……!」
ダイハードマンはSランク冒険者だ。
相手が大勢だろうと、そこらの雑魚には負けない。
だが、どうやら武装集団は、冒険者でいうAランクやBランクぐらいの実力が揃っている。1対1では負けなくても、大勢で来られると厳しいものがある。
「オラァ!」
ダイハードマンは、防御の合間に1人を攻撃してみた。
相手は防御する様子もなく直撃を食らって吹き飛び、そしてすぐに何事もなかったように起き上がってまた襲ってきた。ただし、本当に何事もなかったわけではない。攻撃を受けた部分は明らかに骨折していた。
「痛みを感じないのか? となると、洗脳というよりも……」
ダイハードマンの脳裏に1つの可能性が浮かんだ。
しかし、同時に「それはありえない」とも思った。
「教会が違法薬物に手を出して……?」
人々を救うはずの教会が、そんなバカな。
ダイハードマンは信じられなかった。
というより、信じたくなかった。
自分も何度も世話になった教会が、まさかそんな悪事に手を染めているなんて。
「いや……冷静に考えろ」
ダイハードマンは、頭の中に紙とペンを用意した。
報告書を書く要領だ。主観を消して、見たものをそのまま書くのだ。
ダンジョンのボス部屋で毒物反応がある灰が詰め込まれた樽を多数発見した。そこへライト教会のマークが入った衣装の武装集団が現れた。彼らは正気を失っている様子だった。骨折させても痛みを感じないように振る舞っていた。
こうしてみると、早速いくつかの「ほころび」が見つかった。たとえば、樽と武装集団の関係は不明。関係ない可能性だってある。衣装に施されたマークだって、所属を示すものとは限らない。真犯人が教会に罪をなすりつけようという偽装工作かもしれない。麻薬中毒患者のように見えても、実は違うかもしれないし、違わなかったとしても教会にやられたとは限らない。
「そうだ……冷静に考えれば穴だらけの推理だった」
きちんと調べなければ、真実はわからないものだ。
まずは冒険者ギルドに報告しよう。
それから独自に調べてみよう。
そうだ。ちょうどいい男を知っている。
◇
「やれやれ……ひどい目にあったぜ」
ずぶ濡れのクロは、全身を振って水気を飛ばした。
あとは自然乾燥に任せる。
「そう思うなら、一緒に渡ればいいでしょうに」
「暗所恐怖症の俺に死ねと言うのか。なんて薄情な契約者だろう。よよよ……」
「おっと? ここに来て新しい芸風を覚えましたか?」
「少しは困れよ! 畜生め。なんてやり甲斐のない奴だ……」
「そんな器用なことができていたら、今頃は仲間ができて楽しく冒険していましたよ。それとも友人に囲まれて結婚式でもやっていたかもしれませんね」
「残念ながら現実はご覧の有様だけどな。やーい、ボッチボッチ」
「人に言われると腹が立ちますね」
「人じゃないもんね。猫だし」
「よし。ちょっと暗闇見学ツアーにご招待しましょうか」
「ごめんなさいゆるしてくださいぼくがわるかったです」
言い合いながら進んでいくと、イナカ村に到着した。
すでに場所は知っているので、すぐにシヌーレの実家へ。
「こんにちは。黒猫ヤマトです」
家の中に向かって呼びかけたが。
いつまで待っても返事は無かった。
「こんにちは。黒猫ヤマトです」
何度か呼びかけても返事がないので、家の周囲をぐるっと回ってみた。
誰も見つからなかった。
「こんにちは。黒猫ヤマトです」
仕方がないので近所の家へ。
シーレ・ヌーレ夫妻がどこへ行ったのか尋ねて回ることに。
だが、誰も行き先を知らなかった。
「あの夫婦? そういえば最近見てないけど……そりゃあ落ち込むわよねぇ」
「ああ、あそこの夫婦か……同居してた息子が、流行り病で亡くなってなぁ……」
「ずいぶん気落ちして……見てられないほどだよ」
そんな返事ばかりだったので、ヤマトは再びシーレ・ヌーレ夫妻の家へ。
そして中に入って探してみることにした。
「こんにちは。黒猫ヤマトです」
「おい。死の気配だぜ」
クロは闇魔法が得意だ。その魔法のひとつに、死の気配を探知するというものがある。死んだもの、死にそうなもの、死なせようとするものを探知する。その探知範囲は本来、けっこう広いのだが。
「この距離まで気づかなかったとは……どうやら単独での突然死らしいぜ」
単独でない場合――戦って死んだ場合は「死んだもの」と「死なせようとしたもの」の両方の気配が残る。その分、死の気配は強くなるのだ。
単独でも、突然死ではない場合――たとえば長い闘病生活の末に死んだ場合は、その苦しんだ期間に応じて死の気配が強まる。
しかし単独での突然死となると、死の気配はほとんど残らない。
「……見つけましたよ」
散らかり放題の屋内をクロの案内で進み、リビングらしき部屋でシーレ・ヌーレ夫妻を発見した。
夫妻は床に倒れており、部屋にはとりわけ多くの物が散乱していた。もうずっと片付けや掃除をしていない様子で、ほとんどこの部屋から出ずに過ごしていたことがうかがえる。
散らばった物の中に、食事をとった様子はほとんどなく、多数の酒瓶といくつかのコップ。それと、手紙と封筒がたくさんあった。
「激ヤセしてんじゃねーか。急なダイエットは体に毒だぜ?」
「毒っていうか、死んでますけどね」
クロのブラックジョークを受け流し、ヤマトは封筒を確認した。
開封済みの封筒を閉じると、破れた封蝋がぴったり合わさって、蝋印の全容が見て取れた。ライト教会のマークだ。手紙をいくつか確認すると、内容はどれも同じで、息子を失った夫婦を気遣う文章と、ひどい悲しみを和らげる薬とやらが同封されていたらしい事がわかった。
「何やってんだ?」
「ちょっと気になっただけです。
とりあえず教会へ行きましょうか」
ヤマトは教会へ向かった。
都会なら警邏の兵士に通報するところだが、村には警邏の兵士がいない。派遣するコストが効果に見合わないという領主の判断によるものだ。警邏がほしければ自分たちで手続きして冒険者でも雇うしかない。
そんなわけで、何かあったときに頼る相手といったら村長か教会しかない。今回は死者が出ているので、村長よりも教会が適切だろう。
「ではこちらを」
「はい、お預かりします」
シーレ・ヌーレ夫妻に届けるはずだった手紙を、教会へ預ける。
受け取りのサインにも、その旨を記してもらい、ヤマトの仕事はこれで終わりとなる。あとは教会が処理してくれるはずだ。
完了手続きをして報酬を受け取るべく、ヤマトは来た道を引き返す。
最後に村をちらりと振り返って。
ひときわ高く造られた教会の屋根にある、光をかたどったマークがよく見えた。
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