第10話 召喚状

 2週間後。冒険者ギルド。


「あ、来ましたね、ヤマトさん。支部長が呼んでますので、2階の支部長室へ向かってください」


 顔を出すなり、受付嬢に言われた。

 掲示板を見る暇もなく、ヤマトは2階へ。


「クンクン……何の用だ? 死の匂いがしないぞ。ダイハードマンが死んだから逃げろとかいう話じゃあねーな。例の件に進展があったって俺たちには用はねぇだろうし、別件か?」


 クロが言う。

 だが支部長は首を横に振った。


「その件だ。進展とは言えないが、これが届いた」


 支部長は1通の手紙を取り出した。

 封蝋には、どこかで見たようなマークが刻印されている。


「……国旗のデザイン? まさか王宮からですか?」


「そのまさかだな。騎士が持ってきた。

 騎士によると、国王陛下がお前を呼んでいるらしい」


「わーお。大出世だな、ヤマト」


「素直に喜べませんよ、クロ。

 はっきり言って、意味がわからないですからね」


 受け取って中身を確認すると、それは召喚状だった。

 たしかに国王がヤマトを「王宮まで来い」と呼び出す内容だった。


「……いったい、どういう状況ですか?

 なぜEランクの私が、国王陛下に呼ばれるなんて事が起きるんです?」


 事情聴取みたいなことなら、手紙を持ってきたという騎士がやるか、冒険者ギルドに「やっておけ」と指示が出る程度だろう。わざわざ王宮へ呼び出しはしない。ただのEランク冒険者にそこまでする価値はない。どうせ呼び出すならSランク冒険者のダイハードマンを呼び出すだろう。


「協力要請だそうだ。

 ギルドから領主様へ報告した内容が、領主様から国王陛下へ報告されたらしい。

 その後なにがどうなったか知らんが、とにかく今これが届いたという状況だ。

 詳しい話は、直接聞くといい」


「つまり『王宮へ行け。これは決定事項だ』ということですね」


「そういうことだ。国王陛下からの召喚状を無視しては、いくら自由がモットーの冒険者といえど、この国での居場所を失う」


「わかりました……」


 気が重いなぁ、とヤマトは思った。

 王宮に行くなら、それなりの服装とか、ちゃんとしたマナーとか、必要になるのだろう。ひとつも知らんけど。



 ◇



 兎にも角にも王宮へ。

 門番に用事を伝えて召喚状を見せると、中に通され、謁見の間へ案内された。


「国王ホール・ディー・グース陛下の、おなーりー」


 儀典官が告げて、国王が入ってきた。

 ヤマトは平伏していた。


「貴様! 陛下の前で何たる無礼か!」


 誰かが怒鳴った。

 そしてヤマトは騎士たちに捕まった。


「え? は? 何?」


 いきなり押し倒されて捕縛された。

 ヤマトの認識としては、こうなっている。

 わけも分からず地下牢へ、引きずられるように連れて行かれた。



 ◇



「なんでこんなことに……」


「本当にな。意味がわからないぜ。何がどう無礼だったんだ?」


 地下牢でつぶやくヤマト。

 クロも首を傾げるばかりだ。

 そこへ、聞き覚えのある声が届いた。


「すまんな。

 君たちがやったのは『平伏する姿勢が正しくない』というだけのことだ」


 国王が姿を現した。


「宮廷の作法など知らぬ道理。ちょっとした間違いでも見つければ、こうして牢へ案内するように、と最初から計画していたのだよ」


「無礼を理由に捕らえておいて、実際にはそっちが無礼を働いていたわけか。

 平民と獣だと思ってナメてんのか? 王侯貴族は何をしても許されるとでも?」


 クロは腹を立て、闇魔法を威嚇射撃した。

 王城には「他人を害する行為を禁じる魔法(通称、警備魔法)」が施されており、暗殺などの対策として機能している。しかし「闇に紛れる」という言葉がある通り、闇魔法は「隠す」ことが得意だ。

 警備魔法に対するステルス効果を発揮して放った魔法は、牢を構成する鉄格子に対する「即死魔法」だった。貴人が死亡することを「お隠れになる」というように、命を隠す即死魔法も闇魔法の範疇だ。

 たちまち鉄格子がボロボロに錆びて朽ち果て、国王との間には何の障害物もない状態となった。こうなると権力などというものはクソの役にも立たない。単純な暴力の強い方の勝ちだ。


「なっ……!? へ、陛下、お下がりください!」


 護衛の騎士が前に出て、国王をかばうように立つ。

 だが、猫の素早さと鉄格子が「即死」する威力の前には、騎士などカカシ同然である。

 ちなみに、本質的には即死魔法は隠す効果の「応用」である。だが一般には、闇魔法といったら即死攻撃というイメージが強い。

 国王は騎士の肩に手を置き、下がらせた。


「まことに無礼な話だ。相済まぬ仕儀(お互いの間の問題を解決できない状況)となった。

 しかし、それでもなお、今回はこんな手を使うしかなかったのだ」


「いったい、どういう事でしょうか?」


 ヤマトは尋ねた。

 さすがに戸惑いよりも不快感が前に出る。

 何しろ国王は、罠を張ってヤマトを引きずり出したのだ。


「それを説明するには、まず今回君たちを呼んだ理由から話したほうがいいだろう。

 教会が違法薬物を作りばらまいているという報告、余の耳にも届いた。

 問題は、それが教会のどういう範囲でおこなわれているか、という事だ。ひとつの地域統括本部が勝手に暴走しただけなら教会総本部とも連携して処罰すればよいが、最悪の可能性として総本部が関与していることも考えねばならん」


「なるほど……難しい状況ですね」


「そうだ。

 まず不正行為の範囲を明らかにせねば、こちらがどう動くかも決められぬ。ゆえにまずは調査が必要なのだが、教会というのはあれでなかなかセキュリティーが強固でな。こちらの人員では内部に入り込めないのだよ」


 王国にもスパイ活動を専門にする部署は存在する。

 だが、教会はほとんど常に衆目にさらされるため、いわば「常に大勢に監視されている状態」といえる。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるの言葉通り、何の訓練も受けていない庶民だって大勢集まれば、小さな変化でも誰かは気づく。

 かといって、クロがやったことを真似するのは無理だ。そもそも闇魔法の使い手がいない。闇魔法は悪用されがちで、そのイメージの悪さから今や「使える」と公言することさえ憚られる。結果、宮廷魔術師や軍の魔術師部隊ですら、いくら募集しても闇魔法の使い手は応募がないのである。


「その点、君たちは教会の中へ潜入して、秘密を暴いたというじゃあないか。

 よってその実力を見込んで、調べてきてほしいのだ。

 具体的には、こちらが教会を今回の件で糾弾するから、君たちは総本部へ潜入して、総本部の奴らがどういう反応をするのか見てきてほしい」


「しかし陛下、もしそれで総本部の関与が分かったとしても、忍び込んで手に入れたものは証拠として使えないのではありませんか? 合法的な手段で得たものでなければ、証拠として使えないと聞いていますが、そのあたりはどのように?」


「うむ。まさにそこが問題だ。

 だが真実を知っておけば、知らぬままでいるよりは対処しやすい。騙されることがないわけだからな。

 もし総本部が関与しているようなら、何とかして教会を『神の代理人』という立場から引きずり下ろし、正しい立場――ただの『犯罪者集団』へ落としてやらねばならない。処罰するのは、それからだ」


「……頼みたい事は分かったけどよ。なんで俺達を牢に入れたんだ?」


 クロが尋ねた。

 まだ不機嫌そうだ。


「その答えは3つある。いいかね? 1つの質問に答えが3つだぞ。

 今回君たちに頼むのは、非合法の手段による非合法な証拠の入手。要するに今回は、君たちへの依頼そのものが違法なのだ。これを『表』でやると、3つの問題が起きる。それを避けるために、君たちを牢へ入れることになったのだ」


「3つの問題?」


「1つは、王宮が不正を働いたのが公になってしまうこと。国王の仕事は国家を安定させることだ。不正行為で私腹を肥やしたり国民を不当に監視したりする国王なんて、治安や景気が悪化して国家が不安定になるのだよ」


 搾取されて生活に困った民が大量に流れ、流出して過疎化する地域や、流入して治安が悪化する地域が出る。さらに生活の余裕がなくなると景気が悪くなり、国力の低下につながる。

 あるいは不正な監視が他の問題と結びつけられて「だからこんな監視をしていたのか」と――それが事実か誤解かは問題ではなく、そうやって暴動が起きる可能性がある。


「なるほど。卑怯なやつがボスじゃあ駄目ってことだな」


「グッド! シンプルで的確な理解だ。

 2つ目に、教会にこちらの動きを知られてしまうこと。王宮にも信者は多いのだよ。そこからこちらの動きを知られれば、こっそり反応を見てきたところで、『見られている前提で演技しているかもしれない』という事になり、真実がわからなくなるのだ」


「なるほど。それじゃあ意味がねーな」


「ますますグッド! だんだん分かってきたかな? 『表』では話せない、ということが。

 3つ目に、そもそも今の王権は『神から授かった』という形をとっていること。神は絶対に正しいものだ、ゆえに王冠を授かった者は間違いなく王だ、だから王が決めたことも間違いなく正しいものなのだ、という形にしているのだ。

 そしてその神の代理人が教会なのだから、これに不正を働くというのは王権の『土台を崩す』行為になる。つまり自分から王権を捨てるようなものだ」


「わざと喧嘩に負けてボスの座を降りる、みたいな事か?」


「うむ。かなり遠回りだが、そのようなことだ」


「貴族が離れてしまって、統治に困るということですね」


 ヤマトが助け舟を出した。

 教会への不正な干渉は、神に対する不正な干渉とみなされる。つまり、選挙は正しくおこなわれたから当選者は議員になった、という前提なのに、選挙に不正があったという介入をすると議員という立場が失われる危険が生じるということだ。


「エクセレント! まさにその通りだ。

 だから君たちには『表』で話せず、こうして『裏』へ来てもらったというわけだ」


 国王の話を最後まで聞くと、ヤマトは腕組みした。


「そちらの事情は分かりました。

 それでは今回は『冒険者への指名依頼』という事なのですね?」


「うむ。そういう事になる」


「では、まずは冒険者ギルドで然るべき手続きをしてください。

 ギルドを仲介しない仕事は、お引き受けできません。理由は陛下のほうがよくご存知でしょう? 何のために冒険者ギルドがあるのか、ということです。国王陛下ともあろうお方が報酬を踏み倒すなどとは思っていませんが、そもそも不正な依頼をしたとあっては『依頼自体を無かったことに』という形へ持ち込む心配をしなければなりません」


 依頼自体を無かったことにされれば、報酬を踏み倒すのではなく支払う理由がなくなる。骨折り損になるという結果は同じことだが、一応理屈は通るわけだ。まさに国王が教会へ不正を働くリスクを説明した構造がそのまま適用されるのである。

 しかし冒険者ギルドを仲介すると、報酬は前払い制でギルドが預かり、依頼を達成したあとで冒険者に支払われる。踏み倒される心配がないのだ。

 だが、王は首を横に振った。


「それは困る。きちんと手続きをすると、不正を働いた痕跡が残ってしまう」


 両者の要望が対立した。

 果たしてヤマトは国王の要求を呑むのか、それとも――

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