第2話 『同棲』
「それは……」
言葉に詰まる。
ゆかりが望む答えと、今の俺の現状。そのギャップがこれ以上口を開かせない。
ゆかりにとっての俺は、1年前で止まっているんだろう。
夕日の傾く放課後の教室で、はっきりと「別れよう」と告げられたあの時から。
「拓也?」
「あ、あぁごめん。さぁ休憩終了!もうちょいリハビリ付き合ってくれない?」
「え、ちょっと!私の質問に―」
「ほら行くよ」
「拓也?!」
強引にゆかりの腕を引き、その場を立つ。
が、まだ体に力が入らず、ふらふらと安定しない。
それでも、この会話を遮るため、精一杯の力で俺は立った。
「……ばか」そんなつぶやきが聞こえた気がした。
リハビリは、その後一か月間みっちりと行われた。
その間、ゆかりはずっと俺の傍にいて、沢山の世話を焼いてくれた。
「気持ちは変わってないよね」と聞いてくることはなかった。
***
「母さん、本当にいいの?」
「良いも何も約束だったでしょ。良いわよ一人暮らしして」
3月の中頃、退院した俺は4月からの大学生活の準備をしていた。
なんでも、大学側が特例で休学の措置をしてくれたらしく、俺は1年生として通うことが出来るみたいだ。
「そうだぞ。こういう日がいつ来てもいいようにもう部屋も見つけてあるし、家具も買ってある」
「え、父さんそれマジ?」
お父さんが静かに頷く。
単純計算で、去年の4月から12か月分、家具なんかも合わせると200万円近く。
それをいつ起きるかも分からない俺のために使ってくれてたのか。
「お前がいつ起きてもいいようにな。その代わり条件はあるぞ」
「条件?」
「ああ。七瀬さん
「…………はぁ?!」
それなら安心よねぇ、と母さんの声が聞こえる。
いや何処かだよ!俺達、元カレ元カノ同士ですけど…………………………………………………………………………………………………………………………………4月になりました。
***
「ほら、なにボーっとしてんの。拓也まだ力ないんだから、小物とか色々収納してよ」
「はっ!気づいたら同棲してやがる」
「……何言ってんの?」
新築の木の香りがするアパートの一室。
沢山の段ボールに囲まれ、現実に引き戻される。
あれから家族に色々抗議したが、条件が覆ることはなかった。
そもそもまだ、付き合ってると誤解してるし、なんか結婚式の話とかしてるし、これで「はい、別れました」なんて言える訳ない。
「ごめんごめん、この段ボールだっけ。小物が入ってるの」
とりあえず目の前にある段ボールを指さす。
『注意』ってメモ書きあるし、これっぽい。
「ん……あ!それはダメ!」
「え、もう開けちゃったんだけど」
「は?!」
反射的に中を覗き込む。そこには色とりどりの下着の数々が。
あ、サイズが……Bか。あれはBだったのか。なんか感動。
「なに凝視してんのよ!」
ゴンッと頭に鈍い衝撃が走る。
ゆかりさん、まさか段ボールで叩いたの?
「もう小物もいいからあっち行ってて!」
「……すいませんでした」
俺そんなに悪いことしたかなぁ、なんて思うこと数十分。
片づけを終え、ゆかりがリビングに帰ってきた。
「なんか、疲れちゃったなぁ。1人で片付けしたせいで」
「ごめんってば。まさかあそこに下着が入って――」
「それはもう忘れなさい」
氷のような声で、釘を刺された。
よし忘れよう。
「あはは、ごめんね」
「……もう」
二人でソファに腰かけ、笑い合う。
久しぶりの空気感。
あの世界での10年間、ずっと求めていたものだ。
「そういえば、良くオッケーしてくれたよね。この同棲」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。両親曰く、即承諾だったらしい。
「別に?幼馴染のよしみよ」
「まあ、そうだけどさ。俺たち一応、前付き合ってたんだ……し」
やばい、話題しくった。
久しぶりのこの空気感がなんか懐かしくて、嬉しくて調子乗っちまった。
「…………」
恐る恐るゆかりの方を見るが、表情からは何を考えているのか分からない。
ただ、どこかリハビリルームで「あの質問」をした時のような、そんな目をしていた。
「ねえ、拓也」
「な、なにかな」
「私、一か月待ってる」
「何をでしょうか?」
「あの時の答え」
あの時って何?って聞くのは野暮だろう。
逃げ出したい気持ちを堪えながら口を開く。
「それは、その時に答えたよね。よく覚えてないって」
「覚えてる覚えてないの話じゃないの!私は、今の拓也の気持ちを聞いてるの」
「今の気持ち?」
「うん。あの時、私が振ったよね拓也のこと」
「そう、だね」
「拓也は――」
「ゆかりはさ!」
ゆかりの言葉を遮る。
怒られた犬がシュンとしているような表情に胸が詰まる。
ゆかりのことが好きかどうか?そんなの好きに決まってる。
振られた後も異世界にいた時もずっとその気持ちは変わっていない、今までそう思ってた。
でも――ゆかりの1年は俺の10年だったんだ。
気分的には10年前の気持ちを確認されているようなもの。
自信を持って「あの時と同じくらい好き」と言えるか?と聞かれると少し戸惑う。
だから話そう。俺の10年を。そして待ってもらうんだ、自信を持って好きと言える日まで。
大きく息を吸い込み、心を決める。
そして口を開いた。
「俺、異世界に行ってたんだ」
「………………え?」
*とある世界線の大聖堂にて
「エリー様?!困りますぞ。この国をこのまま置いて行かれるつもりですか!」
「私がするべき仕事はもう終えました。なんのために1週間、睡眠もろくにとらずに働いたと持ってるんですか」
「ほ、本当に行かれるおつもりなのですね……。確かに世界渡りの魔法は存在します。ですがあれは一方通行。戻ってくる魔法はまだ確立されていないのですぞ」
「分かっています。そもそも世界渡りの魔法を創ったのは私ですから」
「それならなぜ!あなたのいるべき世界はここだ」
「……あなたになんでそんなことが分かるの?」
「え?」
「私のいるべき世界は常にあの方のそばにあります。ずっと一緒にいようと言ってくれたあの方のそばに」
「…………」
「それでは、時間が惜しいので私は行きますね。ああ、タクヤさん本当に待ち遠しいです」
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます。
次回は『異世界編前半&エリー登場』です!
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