第1章
第1話 『凱旋』
目を覚ましたら、そこには10年ぶりに見る蛍光灯があった。
かすかに聞こえる空調の音、作られた人工的な空間。
「俺、帰ってきたんだ」
自然と言葉が出てきた。
喉が震える感覚も何処か久しぶりだ。
「ここどこだろ」
ゆっくりと首を回し右を見ると、窓越しに木々が揺れていた。まだ葉が茂っていないのは冬だからかな。
今度は左に目を向ける。
途端、心臓が弾けるように跳ねた。
すやすやと寝息を立てている可憐な女性がそこにはいたのだ。
無意識に涙が頬を伝う。
俺が好きだと言った綺麗な黒髪はより艶やかに。
沢山の可愛い表情を見せてくれた顔立ちは更に美しく。
これから成長するの!と息巻いていたところは……まだまだ途中なようだけど。
七瀬ゆかり、俺の幼馴染にして元カノ。
「ゆかり、ただいま」
震える声でそう呼びかける。
ゆかりがビクンと跳ねた。
目をパチクリさせてる、やっぱ可愛いな。
「え……拓也?起きてる……の?」
「うん。今起きた」
俺の言葉に、ゆかりは口を覆った。が、すぐにその頬に指でつまむ。
「夢……?」
「じゃないよ。ちゃんと感覚あるし」
さっきから、体のあちこちに違和感を覚えている。多分、点滴やら色々刺さってるんだろう。
「嘘だ。やだ、信じない。夢だった時に……耐えられない」
「え、ええ?そう言われても……ほら、つまんだら痛い」
そう言って、自分の太ももをつねってみる。心地よい痛みを感じた。
「それじゃ私が確認できないじゃん」
「……確かに。じゃあどうしよっか」
「感じさせて」
ゆかりの手が、優しく俺の頬を撫でる。
そしてそのまま俺を抱きしめた。
懐かしい匂いが鼻孔をくすぐる。やばい、なんか涙腺緩んでんのかな、また泣きそうなんだけど。
「あはは、ちょっと重たいよ」
涙を流すまいと軽口をたたく。こうでもしないと我慢できない。
「重たくないわよ……もう、ばか」
更に抱きしめる腕の力が強くなる。
現実に帰ってきたんだという実感が、確実なものになった。
「ただいま」
「うん、おかえり」
西暦2024年2月4日。
石飛拓也(19)は、異世界から日本に帰還した。
***
「え!あれから1年間しか経ってないの?」
「……しか?なんでしかなの。普通もでしょ!一年も!」
目を覚ました夜から3日が経過した。
あの後は、家族や色々な人が来てくれて、沢山の言葉をかけてくれた。
突然自宅で倒れ、その後昏睡状態。
聞くと、1年間はずっとそうだったらしい。
ただ、先日受けた検査は全く問題なかったので、当面の課題は「リハビリ」だ。
……ようは寝すぎて、体力がないらしいです。
ということで、今はゆかりと一緒に病院のリハビリルームにいる。
「そうかー、一年なのか。向こうの世界とは時間の進み方が違うのかな……」
「向こうの世界?なにそれ」
ゆかりが首をかしげる。
「あー、いや何でもないよ」
「えー?なんか気になるじゃない。教えてよ」
教えても信じてくれないと思うよ、と内心呟く。
だって俺、この1年間は異世界で勇者やってたんだから。
「今度絶対教えるからさ、それより俺はゆかりのこと知りたいな」
「私のこと?」
「そそ。大学の事とか色々ね。結局進学したのは俺と同じところなの?」
俺が異世界に行ったのは、高校三年生の2月末。
進路はある程度決まっていたが、ゆかりは他の大学も受けていた。
「あー、それね。うん。結局国立の後期に落ちちゃって拓也と同じ西南大学だよ」
「……そうなんだ」
落ちてたんかい。いきなり爆弾を投下してしまった。
しかも記憶が確かなら、国立の後期を受験したのは俺たちの関係性が変わったから。
そう、別れたからだ。
「なに気まずそうにしてんの!もう1年前のことだしとっくに消化できてるわよ」
「そ、そっか。そうだよな!ゆかりも一年で変わったよな」
ゆかりの視線が一瞬、揺らいだような気がした。
「そうだね、私は変わったよ」
「そう、なんだ」
どう変わったの?と気軽に聞ける雰囲気ではない。
「でもさ、拓也はさ……」
ゆかりは気持ちを定めるように息を大きく吐いた。
「あの時、私が別れようって言ったあの時のまま、気持ちは変わってないよね?」
*とある世界線の大聖堂にて
「今すぐここに私がしないといけない仕事をもってきてください」
「は、はあ。ですが本日分はもうお渡しいたしましたぞ」
「一生分です」
「は、はあ?」
「もう一度言います。一生分です。早くしてください。こうしている今でもタクヤさんはあちらの世界で一人寂しく―」
「お待ちください聖女様!まさかあの魔法をお使いになられるおつもりですか!」
「…………早くしてって聞こえなかった?」
【あとがき】
読んで頂きありがとうございます。
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