36.メイド対暗殺者

「お前、ここに何しに来た。」


ワギトたちと仲間であるなら、

彼女の目的は獣人のはずだ。

ワギトが今日の夜に闇の

オークションがあると言っていたので、

ここに囚えられている獣人たちは

そのオークションに出される商品。

下手を打ったワギトたちを始末したのは

口止めの意味もあると考えれば

理解できないことではないが、

獣人を置いていく理由が分からない。


「何をしに、ですか。

それをあなたに答える義務はありません。」


部外者に無闇に情報を渡さないためか、

ムーンはきっぱりと言い放った。

彼女が奴隷売買に関わっているのは

おそらく間違いない。

凛太郎がここに来た目的のためにも

何とかして彼女から情報を

引き出したいところだが、

こうもはっきり断られると

無理に食い下がるのは悪手だろう。

下手に警戒されるようなことをすれば、

今後の調査に影響するかもしれない。


「こいつらはお前の仲間だろう。なぜ殺した。」


「お答え致しません。」


「お前の主は誰だ。」


「お答え致しません。」


もはや何を聞いたところで

彼女から得られる情報はない。

悔しいがここは引き下がる他ない。

しかし、有益な情報源を目の前にして

悪あがきもせずに引き下がる程、

凛太郎は諦めの良い男ではなかった。


「もし、俺が力づくでも聞き出すと言ったら

お前はどうするつもりだ。」


右手に持ったエーゼコルドを構え、

凛太郎はムーンを睨みつける。

何も情報を引き出すのに

素直に聞く必要はないのだ。

多少荒っぽいことをしてでも

情報を吐かせることはできる。

実際、先程まで凛太郎は

ワギトに尋問していたのだ。

素直に聞いて答えてくれないのなら、

同じことを彼女にもするだけだ。

女の子を相手にするのは少し気が引けるが、

それでも諦められないことはある。


「その際は全力でお相手致します。

私をただのメイドと油断されませんように、

先んじてご忠告させていただきます。」


ムーンの周囲に冷気が漂い始め、

少しずつ水路の水や壁が凍っていく。

氷を作り出す魔法なのか

冷気を操るスキルか分からないが、

氷の刃を飛ばすことで攻撃してきた。

その速さも数も大したものだが、

不意討ちでなければ凛太郎の方が速い。

氷での遠距離の攻撃を

主軸にしているということは、

近距離での戦闘には慣れていないはずだ。

ならば、ここは一気に距離を詰めて

エーゼコルドを振りかざすだけだ。


「俺が欲しい情報、吐いてもらうぞ……!」


地面を踏み込み、走り出す。

それと同時に多方向に匕首を投げて

壁の灯りを次々と破壊していく。

凛太郎には気配察知がある上、

暗殺者という職種は暗闇でこそ

その真価を発揮するのだ。

更に、真っ直ぐ直線に狙うのではなく、

右に左に上に下にと方向を変えて

彼女に自分の位置と距離を掴ませない。

そして、あと一歩で間合いに入る瞬間、

氷の刃が凛太郎に飛んでくる。


「──っ!」


咄嗟に避けて距離を取るが、

凛太郎は再び突っ込んだ。

遠距離を得意としている者を相手に

距離を広げてはいけない。

氷の刃を作る暇もなく、

次へ次へと攻撃を仕掛けなくては。

しかし、灯りのない暗闇の中で

正確に凛太郎に攻撃を飛ばすとは、

彼女も凛太郎と同じように

気配察知を持っているのだろうか。

だが凛太郎も怯まない。

正面から攻められないのなら、

こちらも遠距離から攻撃するまでだ。

まだほとんど練習もしていないが、

灯りを狙うことはできたのだ。

人間を狙うのも要領は変わらない。


「申し上げるのが遅くなりましたが。」


凛太郎が同時に投げられる匕首の数は3本。

その全てを氷の刃で撃ち落とし、

更に追い討ちをかけるように

無数の刃が凛太郎に迫ってきた。

灯りがほとんどない中でも、

雨のようなその攻撃は正確に

凛太郎に襲いかかってくる。


「私も過去は冒険に身を置いていました。

悪しき魔王を倒すなどという

無謀な夢を追いかけたこともあります。

その夢は叶いませんでしたが、

鍛えあげたレベルと技は本物でございます。」


この世界の人間としては珍しく、

どうやら彼女は本気で魔王を

倒そうと努力していたのだろう。

攻撃への糸口を凛太郎が

必死に探している間も、

絶えず氷の刃が飛んでくる。

凛太郎のステータスも実戦経験も

ただの冒険者の比ではないはずだが、

気がつけば防戦一方になっていた。


「その私があえて申し上げるなら、

あなた様は今まで私が出会った中で

最も速く厄介なお相手です。」


ムーンなりに凛太郎を認めているのか、

心なしか声色が明るいように感じる。

しかし、ならばこそ凛太郎は負けられないし、

この戦いの決着がどうなったとしても

彼女から情報は引き出したい。

防戦一方になっている凛太郎だが、

たとえ倒されることになったとしても

せめて前のめりに倒れたい。

それがこの世界における凛太郎の生き様でもある。


「神速…!」


彼女の攻撃が途切れる瞬間などない。

タイミングは凛太郎の覚悟が決まった時だ。

見せるのは今の凛太郎の本気。

壁も床も経由せずに

一直線に彼女に向かって低く飛んだ。

途中で何本の氷が刺さろうと気に留めず、

エーゼコルドを振ることだけを考える。

左肩、右膝、右ふくらはぎ。

氷の刃が刺さり激痛が走る。

毒に犯されるように

痛みが全身へと広がっていき、

氷による急激な体温の低下のせいで

エーゼコルドを握る手から力が抜ける。

しかし決して離さない。

ムーンに振り下ろすその瞬間まで、

右手だけは勢いを殺さない。


「……あなた様は、お強いですね。」


彼女と凛太郎と距離が詰まる。

暗闇の中、目の前に対峙した二人。

凛太郎はエーゼコルドは振る。

彼女の刃が四方八方から飛んでくる。

一瞬の差、それだけが勝敗を分けた。

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