9.門

「私、ずっと考えてたの。

そもそもこの場所は何なのかなって。」


全員で座り込み、どうするべきか

それぞれで考えを巡らせていると、

空気を変えるように柑凪が口を開いた。


「私はアニメとか全然見ないから

さっきようやく思い出したんだけど、

前に柴田君からおすすめされた本で、

主人公の男の子が異世界のダンジョンで

魔物と戦って強くなるお話があるの。

ダンジョンには罠があったり

とっても強くて怖いボスがいたりして、

仲間や大切な人を守るために

主人公はとっても頑張るの。

それでね、あくまでも私の想像だけど、

そのお話に出てくるダンジョンと

ここの雰囲気がすごく似てるなって思った。」


凛太郎も、いやきっと彼らの中にも

なんとなく察していた者がいただろう。

ここが洞窟でもただの通路でもなく、

いわゆるダンジョンであると。

侵入者を阻む大袈裟な岩の罠。

だが、ここに逃げ込めと言わんばかりの

ちょうどいい距離にある横道。

複雑に入り組んだ迷路のような地形。

どこからか現れるモンスター。

辿り着いた存在感のある大きな扉。

もはやここがダンジョンでなくて

何と言うのか教えて欲しいくらいだ。


「ここがダンジョンだとすると、

じゃああの大きな扉は……。」


間違いなく、ボス部屋だろう。

これまでのモンスターとは

まさに次元が違う存在であるボスモンスター。

その姿もレベルも何も分からない。

分からないということは、

事前に何も対策できないということだ。

ダンジョン探索において

対策なしにボスに挑むことは自殺行為だ。

もしもこのままボスに挑んだなら、

いくら彼らであっても無事では済まないだろう。

この中で起こるであろうことを想像して、

全員黙りこくってしまう。


「私は引き返すべきだと思うわ。」


杉森や浦野でさえ容易に口を開けない中、

重苦しい空気と静寂を破ったのは寺門だ。

彼女は真っ直ぐな瞳で、確かな声で言った。


「柴田程オタクじゃないけど、

私もそれなりにゲームとか好きで

アバターでプレイする系の作品もやってる。

ゲームだとボスを攻略する時は

他の人とマルチでやるのが基本だし、

攻略情報も全部チェックするのが前提。」


まさに基本的なことだ。

凛太郎も別段オタクという訳ではないが、

何も予定がない時には

一人でゲームをやることもあった。

あまり三次元の友達を作るのが

得意ではなかった凛太郎にとって、

誰とでも簡単に協力ができるゲームは

それだけで十分に価値のあるものだった。


「アバター…?マルチ……?」


だが、寺門や凛太郎のように

ゲームやアニメが好きなのは、

元よりそういった物が好きな傾向にある人間か

そういった友達を持つ人間くらいだろう。

現に柑凪は今の寺門の話を

あまり理解できなかったらしい。

聞いたこともない言葉に

脳の処理が追いついていないようだ。


「えっと、そうだな……。

ゲームの中にもう一人の自分を作って、

それを操作して他の人と一緒に戦うってこと。」


「おぉ…!」


「つまり私が何を言いたいかっていうと、

ゲームでさえ大人数でやるし

事前情報も必要不可欠なんだから、

今の私たちが挑んだところで

無駄死にするだろうなってこと。

初見でボスを攻略するなんて、

それこそアニメの主人公にしかできない。」


寺門の話に凛太郎も賛成であった。

ボスというのは簡単に攻略できないからこそ

その地位が与えられているのだ。

いくらステータスが高くて

パーティーのバランスが良くても、

ろくな装備さえない今の凛太郎たちでは

ボス攻略なんてできるはずがない。

だが、ここまでの話はあくまでも仮の話だ。

ここがダンジョンという場所で

目の前にあるのがボス部屋だとしたら、

という仮定の話に過ぎない。

そこへ一石を投じたのは浦野だ。


「柑凪の話も分かるし

寺門の意見も理解できるけどさ、

これが出口だとしたらどうするんだ?

せっかくのチャンスを棒に振るぞ?」


そう、これがもう一つの大きな可能性だ。

目の前の扉がボス部屋などではなく

ただ大きいだけの出口だった場合、

外へ出る機会を逃すことになる。


「こんなに立派な出口なんて有り得ないでしょ。」


「いやいや、分からないぜ?

俺たちの常識はこの世界には通じないんだ。

だって全然違う世界の人間なんだからよ。」


寺門と浦野。二人の間で意見が割れる。

お互いに一歩も引かないとなれば、

ここからは多数決でどちらかの

意見を正しいことにするか、

お互いが納得する案を出すしかない。

だが、こんな時にいい折衷案を出すのが

クラス委員の杉森という男だ。

この男の存在によって、

このクラスはいつでも団結できたのだ。


「じゃあ、二人の意見を尊重して

とりあえず中を覗いてみるのはどうかな。

危ないモンスターがいたら逃げればいいし、

何もなければ進んでみればいい。」


対立している両者がどちらも

納得できる案を考えられる。

それが杉森がクラス委員として

いつも役立てている能力である。


「そうね。それがいいわ。」


「俺も賛成だ。」


ここに両者の合意が成立して、

他の班員も全員が同意した。

視力のいい杏沢を先頭に、

力のある杉森と浦野が扉を押す。

ボスが出るか太陽が出るか。

凛太郎たちの結末やいかに。

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