10.部屋の中で
ゴォゥゥゥゥン……という地響きと共に
重い扉が開かれる。
眩い光が差し込むことはなかったが、
部屋の中から吹いてくる風は
頬を撫でると凍てつくように冷たかった。
「何も…見えないです。」
しばらく中を覗いた杏沢だが、
振り返って首を横に振った。
何も見えないということは
中に光源がないということで、
つまりはほとんど進展がない。
「魔法を撃ってみるわ。もう少し扉開けて。」
浦野と杉森が言われた通りにすると、
開いた扉の隙間に寺門が杖を入れる。
「
寺門の杖の先へ魔力が集まり、
太陽色の塊ができる。
それを扉の中へ撃ち込んで
部屋の床に着弾させると、
炎が弾けて部屋を明るく照らした。
炎が残る数秒の間に
杏沢や杉森が覗いてみるが、
ただ広い空間があるだけで
他には何も見えなかった。
「どうやらボス部屋ではないみたいね。」
何もいないなら何の部屋なのだろう。
という疑問を唱えるより先に
好奇心が勝ってしまったようで、
我先にと浦野が足を踏み入れる。
「入ってみようぜ。」
「あ、待て浦野っ。」
慌てて後を追いかけて、
全員が部屋に入ってしまう。
すると扉が勝手に動き出し、
ピタリと入口を閉じてしまった。
「閉まっちゃったんだけど……?」
「ど、どうなってんだぁ!?」
「私たち、閉じ込められたんですか!?」
ほとんど真っ暗で何も見えない。
不安とパニックが連鎖になって
彼らの心を掻き乱す。
こういう時に頼りになる杉森さえ、
言葉を発さずに震えている。
「狼狽えるなお前ら。
まずは離れないように密集するんだ。
柑凪、みんなを手繰り寄せてくれ。」
「う、うん。分かった。」
とりあえず全員を近くに集めて
柑凪を中心に互いに背中を向け合い、
全方位を警戒する体制を整える。
だが、結果としてそれはあまり
意味のない行動であった。
「うおっ!?今度はなんだ…!?」
背中を向け合う彼らを憐れに思ったか、
部屋の壁につけられているロウソクが
一斉に炎を灯し始めたではないか。
部屋全体を照らす程のロウソクの炎。
凛太郎たちは視界を取り戻し、
警戒を少しだけ緩める。
「一体、ここは何なんだよ…!?」
「うるさい!そんなの分かる訳ないでしょ!」
「ま、まぁまぁ二人共落ち着いて…。」
部屋が明るくなったところで、
ここが何もない部屋だということは
目に見えて明らかなことだった。
次第に不安が心の限界値を超えて、
寺門と浦野に焦りが浮かび始める。
どうにか二人を杉森が宥めるが、
彼らを絶望に突き落とすように
『それ』は目の前に現れた。
「み、皆さん…あれは何でしょうか……?」
「…どうやら、状況は最悪のようだな。」
部屋の真ん中に突如として現れたのは、
両手に大きさの異なる2本の鎌を
持つ巨大なモンスターだった。
真っ黒なローブに身を包んで
不敵な笑い声を響かせている姿は
まさに死神のそれであり、
眼球のない目を見ただけで
命を狩り取られてしまいそうだ。
これだけ灯りがあるというのに
足元に影はなく、しかも浮いている。
あれだけ存在感のあるモンスターを
揃いも揃って見落とす訳がないので、
今までは影となって潜んでいたのか。
何にしても、この状況はとても悪い。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
真っ先に行動したのは杉森だ。
半狂乱になったように叫びながら
持っていた大剣を投げつける。
迂闊に行動するどころか
大切な武器を放り投げるなんて、
恐怖のあまり冷静さを忘れたか。
「っやめろ!よせ!」
杉森の投げた大剣はものすごい速さで進み、
死神モンスターの額に直撃する。
…だが、気づいた時にはその大剣は
遠くの壁に突き刺さっているだけだった。
まかさ、すり抜けたとでも言うのか。
もしも凛太郎の直感が正しければ、
目の前にいるモンスターは
かなり厄介な存在ということになる。
それを確かめるために
凛太郎は一番の速さでモンスターへ近づいて
腹付近を切りつけてみたが、
何の手応えもなくすり抜けた。
「物理攻撃無効…か。」
見た目から察することもできたが、
なんとこのモンスターには
物理攻撃が効かないらしい。
「火弾!」
物理攻撃が効かないなら魔法だ。
寺門はすぐに魔法を展開して
モンスターを撃ち抜こうと放つ。
大砲のような火の球が飛んでいくが、
それが命中するより前に
死神の小鎌によって掻き消されてしまう。
「ウソ…でしょ……。」
そして、ただ彼らからの攻撃を
受けているだけのモンスターではない。
大きな鎌を振りかざし、
凛太郎たちを薙ぎ払おうと迫る。
しかしこんな時こそ盾役の出番。
盾は失ってしまったが、
浦野の防御力は狼の牙さえ通さない硬さだ。
浦野は前に出ると両手を構えて攻撃に備える。
「仲間は俺が守────」
逆さになった浦野と凛太郎の目が合う。
凛太郎たちのすぐ目の前を鎌の刃が過ぎ、
風圧による衝撃が襲いかかった。
ゴロゴロと転がっていく浦野の上半身と
その場に残された下半身。
悲惨な光景を目の前に、
正気を保てという方が酷だろう。
「浦野……?浦野ぉぉぉぉぉ…!」
物理攻撃は効かない。
魔法は当たる前に鎌に掻き消され、
頼りになる盾役は呆気なく真っ二つ。
全員が瞬時に悟る。
あのモンスターには勝てない、と。
絶望の底に叩き落とされて、
もはやまともに立ってもいられない。
全てを諦めたように
杉森は膝を床についた。
「……あ、あれ?俺、生きてる…?」
だが、その絶望に小さな光が差し込む。
半身を切られたはずの浦野が
五体満足でそこに立っていたのだ。
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