5.出発
「…たった今、彼らが出発しました。
ガートム王国所属を示す冒険者カードを持たせ、
自分たちが異世界から来た召喚者であることは
秘密にするようにと念を押してあります。」
異世界から召喚した彼らを
一人残らず見送ると、
アイズは王宮の一室にやってきた。
王宮の中で最も立派な部屋であり、
この国で最も偉い人間がいる。
「ご苦労。」
特注品のイスにどっかりと腰かけながら、
王はアイズに労いの言葉をかける。
二人の間に流れる空気は重く、
とても王と王女のように見えない。
「時が来るまで、しばし待つとしよう。」
王の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
その前にいる王女もまた、
同じような笑みを浮かべていた。
二人しか知らない事情でもあるのだろう。
そして、その渦中に呼び込まれたのが
他ならぬ異世界からの人間であった。
王と王女の胸中にある物とは、
そして凛太郎たちがこれからどうなるのか。
それは誰にも分からないことだ。
――――――――――――――――――――
杉森率いる第一班がここから東の
グーワの街へ向かう道中、
ちょうど同じ方向に行くという商人から
馬車に同乗しないかと声をかけられた。
その申し出は素直にありがたいのだが、
凛太郎たちはまだこの世界の
常識というものを知らないので、
どうして見ず知らずの自分たちに
声をかけたのかと訊ねた。
すると商人の男は笑って答える。
「俺たち商人は金儲けをすることが
一番の生き甲斐であり、性分なんだ。
あんたらから金の匂いがしたから
おこぼれでももらえないかと思って
声をかけてみたのさ。
これぞ、商人の勘ってやつだ」
ビジネスをする者はタフで
執念深い方が成功すると聞いたが、
おそらくこの世界でもそうなのだろう。
実に強かで見る目のある人間だ。
旅の終着で彼の商品をいくつか買うという
条件を交わしてから、
凛太郎たちは馬車の荷台に乗り込んだ。
正確には、さすがに6人は多く
荷台に乗りきれなかったので、
比較的装備の軽い凛太郎だけが
荷台の屋根に乗ることになってしまった。
「木瀬君、大丈夫?」
心配そうな柑凪に声をかけられるが、
大丈夫だと答えておいた。
疎外感がないと言えば嘘であるが、
凛太郎は元来一人でいる方が好きなのだ。
そもそも他人と話すことすら苦手で、
異世界に召喚されてからというもの
ほとんどろくに言葉を発していない。
班が組まれる時も何も言わずに
杉森や柑凪に言われるがまま、
流れるように第一班に入っていた。
「いい天気だ…。」
見上げれば真っ青な空が広がっており、
ガートム王国の門が次第に小さくなっていく。
荷台とその屋根とでは
乗り心地はほとんど変わらないだろうが、
雨が降らないことを祈るばかりだ。
「……ん?」
ガートムを出てからどれくらいの
時間が過ぎた頃であろうか。
ただ揺れる屋根の上で
空を眺めていた凛太郎は、
小さな違和感を見逃さなかった。
馬車に乗り始めた時に
あれだけ騒いでいた仲間たちの声が
一切聞こえなくなったのだ。
この世界に来る直前の時刻は
16時を過ぎたあたりで、
召喚されてから過ぎた時間は約半日。
人間の体内時計を考えれば
眠くなっても仕方ない頃合いだが、
凛太郎は一切眠くなっていない。
凛太郎の生活は至って普通で、
朝起きてからの時間を考えても
眠くなるのが当たり前なはずだが、
凛太郎は眠くなっていない。
太陽の光を直接浴びているからだろうか。
だが何にしても、仲間の様子を見れば
何か分かることがあるだろう。
ただ単に話題が尽きて黙っている、
という可能性もあるのだから。
「…おーい、お前ら……?」
屋根にしがみつきながら、
凛太郎は荷台の中を覗いてみる。
荷物をたくさん積まれた荷台の中、
見事なまでに眠りこく5人の男女。
そして、彼らの横に転がっている
まだ中身の入っているガラス瓶。
ガートムを出る際にアイズから
食料やアイテムを色々と受け取ったが、
あのような瓶は見たことがない。
それによく見ると、浦野の口から
泡のような物が噴いている気がする。
何か、毒でも盛られたのだろうか…。
そして凛太郎が彼らを起こそうと
屋根から降りようとした時、
ここまで止まらずに走り続けていた
馬車が人の気配のない森の道へ逸れて、
すぐに汚い格好の者が集まってきた。
「いい商品が手に入った。丁重に降ろせ。」
彼らの手には鎖や布がある。
ここまでの情報が揃ってしまえば、
いくら察しの悪い人間でも分かる。
彼らは人攫いだ。
旅の商人を装って同乗者を誘い、
新しい商品だとか言って
催眠薬の入った薬を飲ませ、
こうして人のいない場所で捕まえる。
だが、今回は選ぶ相手を間違えている。
同乗者が一人足りないことに
気がつかないのは、凛太郎が持っている
認識阻害のユニークスキルのおかげだろう。
「おっ、若い女もいるじゃねぇか。」
「それによく見ろよ。
こいつらの装備、全部高級品だぞ。」
「おいおい、こいつら売るだけで
何年遊んで暮らせるんだよ。」
ゾロゾロと馬車の周りに集まったのは
総勢で10人といったところだ。
馬車に入ることができるのは
精々二人がいいところだろうが、
残りの8人くらいなら凛太郎の敵ではない。
腰から下げた短剣を鞘ごと抜いて、
とりあえず一番後ろにいる男を叩こうと
屋根から飛んだその時であった。
「ぐはぁぁぁっ!」
大袈裟な程に大きな悲鳴をあげながら、
馬車に入っていった男が吹っ飛んだ。
その衝撃で荷台は半壊し、
後続の者たちも悲鳴をあげている。
何が起きたのか分からないが、
人攫いたちが馬車に気を取られている隙に
凛太郎は男の首を後ろから叩いた。
小さな呻き声をあげて倒れる男。
このまま他の者も気絶させてやろうと
再び凛太郎は短剣を構えるが、
荷台から顔を出していた杏沢と
目が合ってしまった。
杏沢は凛太郎の姿を確認すると、
ぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。
「木瀬君っ!無事だったんですね!
杉森君、遠慮せずにやっちゃってください!」
「任せろ!」
ここから先は、一方的な暴力だった。
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